デスクトップウォーズ！｜リアクション

デスクトップウォーズ！

　寝子島中学校の校舎を柔らかい陽光が包み込む。季節にそぐわない暖かさに生徒達は生欠伸を噛み締めた。
　三年三組の教室も例外ではなかった。不自然に頭が揺れている生徒が多く見られた。教壇には地理担当の先生がいて黒板に大まかな世界地図を描き出す。
　仙藤蒼は片肘を突いた姿でノートに向き合う。シャープペンシルが生み出した落書きは相当な量になっていた。そのペン先は鈍く、最初の勢いはすっかり無くなっていた。
　――国の名前が記号みたいで頭が痛くなるわ。
　瞬きの回数が増える。大きな欠伸を引き起こし、人差し指で目尻を拭った。
　自然と下がる瞼が急に引き上げられた。
　――夢にしてはリアルよね。
　筆箱の近くに転がっていた鉛筆がむくりと起き上がる。細い身体と釣り合った手足が生え、愛らしい目や口まで付いていた。ハサミやカッターも同様の姿で動き出す。隊列を組むように文房具が集まり、行進を始めた。
　先頭に立ったコンパスが蒼の正面ですらりと長い脚を止めた。全体がそれに倣う。
「司令官、部隊の指揮を取っていただきたいのであります！」
「……指揮って具体的には？」
　蒼は背中を丸めて小声で言った。
「まずは隣国を攻め落としましょう！」
　その一言に他の文房具達も賛同の声を上げた。全員、士気は高い。蒼は苦笑いで隣に目をやる。
　机上にはかなりの数の文房具が立ち並ぶ。
「数では負けているみたいだけど……スマホが振動？」
　蒼はポケットに忍ばせていたスマートフォンを取り出す。画面を見ると一つのアプリケーションソフトが起動していた。教室の俯瞰図に各指揮官の名前と戦力が表示されていた。その中には蒼や隣の男子も含まれていた。
「戦力だと同じくらいなのね」
　隣を見やってニヤリと笑う。画面で操作方法を覚えて、よし、と力強い一言が口を衝いて出た。
「司令官、上空より敵機が接近中であります！」
　コンパスが見上げるような格好で言った。
「把握しているわ。こちらはホッチキスの対空砲台で迎撃よ」
　蒼はスマートフォンで指令を送る。受け取った歩兵の鉛筆とサインペンがホッチキスを裏側に向けて置いた。敵機の三角定規の接近に備える。
「……今よ、撃て」
　鉛筆がホッチキスの上に飛び乗った。その力でコの字型の弾が射出される。連続で乗ることで速射を可能とした。幾つかの攻撃を受けた三角定規は不安定に揺れて、ゆっくりと落ちてゆく。
　コンパスは笑顔で報告する。
「司令官、撃破しました！」
「今度はこちらが攻める番よ」
　細かい指示はスマートフォンから送った。反応した歩兵のシャープペンシルが肩を組んだ。敵の攻撃を受ける強固な壁は三枚を数える。横並びとなって隣国へと前進を開始する。その一つには戦闘工兵のハサミやカッターが潜むように加わった。
「相手はどう出るのかな」
　蒼は戦況を横目で窺う。敵の文房具が雪崩れ込むように突撃を開始した。シャープペンシルの壁が押し返す。一進一退の攻防となり、長期戦を漂わせる。
「ここよ」
　三枚の壁は三方に別れた。突然の行動に敵に迷いが生じる。
　蒼は勝ち誇った笑みでスマートフォンを操作した。
　一枚の壁から戦闘ヘリの筆箱が飛び立つ。修正ペンのミサイルを二発、搭載していた。慌てた敵はクレヨンのロケットランチャーを持ち出す。
「させないわ」
　蒼の指示で消しゴムの戦車が敵陣に向けて弾を打ち込む。守りの薄いところを攻撃された敵は一気に統制が崩れた。更に上空から二発のミサイルをまともに受けた。
　スマートフォンの画面に白旗が表示される。蒼の軍は隣国に勝利を収めたのだ。敵の残存兵力が加わって戦力は飛躍的に増大した。
「やったね」
「策を弄しやがって」
　隣の男子が恨めしそうな目を向けてきた。蒼は笑顔で一蹴する。
「平押しで勝てるなんて思わないで。国盗りゲームを舐めてるでしょ？」
　男子は一言もなく項垂れた。
　勢いに乗った蒼は野望を口にする。
「教室の全制覇を狙うわよ」
　指揮下にある文房具達は笑顔で歓声を上げた。

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