もしも出会ってなかったら｜リアクション

もしも出会ってなかったら

●城山水樹の場合
　城山水樹は、ファッション雑誌「STeLLA GIRLS」の専属モデルである。
　その日も、水樹は颯爽と新作ブランドにその身を包み、何着もの服に着替えながら、長い撮影に臨んでいた。
「はーい。これで、撮影終了です。お疲れ様でしたー！」
　ようやく撮影終了の声がかけられたのは、もう陽がすっかり西に傾いた頃のこと。
（ふぅ。やっと終わりか……）
　スタッフやマネージャーとの挨拶を済ませ、ようやく一人になれた水樹はそこでやっと放念の息をつくことができた。
　着せ替え人形のように様々な服を着せられ、ただひたすらに写真を撮り続けられるというモデルの仕事自体は好きでやっていることなので、苦にはならない。
　ただ、今日は朝から撮影し通しだったので、さすがに疲れていた。
「ねえ、水樹ちゃん。この後、良かったら食事でも――」
「――あ、ごめんなさい。あたし、明日も朝から撮影なので」
　鼻持ちならない感じの男性モデルの誘いを上手にあしらい、水樹は手早く着替えを済ませて仕事場を後にする。
（ああいう誠実さの欠片も感じないタイプ、私大嫌いなのよね）
　カメラの前では決して見せられない憎々しげな表情を浮かべながら思い出すのは、去年の冬に別れた、じつに不実な元カレの顔だった。
　昨年のクリスマスに大ゲンカをして別れたその元カレは、なんと水樹と別の女性とで二股をかけていた。
　社交的で明るい性格には自信のある水樹であったが、さすがにそのときばかりはショックを隠せなかった。
　しばらくの間、バレンタインだの、クリスマスだの、そういった色恋の気配するイベントからはできるだけ距離を置いた。
　そして、独りになることでできた心と時間の空白を埋めるように、ジムやエステ通いを続ける日々を送った。
　もともとスタイルに自信のあった水樹のプロポーションがその時期でさらに磨きがかけられたことは言うまでもない。
　その甲斐もあって、今はもう過去の男のことはふっきれている。
　今では恋愛についても、ことさらに距離を取ることはしなくなったし、仕事と学業の両立もきちんとできている。
　一言でいえば、充実した日々。
　そう。恋人なんて、必要ない。
　一人でも、特に不満も過不足もない人生を送れている……はずだった。
　だが――
「あ……」
　帰り道、ふっと見かけた自分と同じ年頃の女の子が恋人らしき男性に駆け寄る姿を見て、気づく。
（……違う。何か、忘れている。私にはいたはず。あんな男とは全然違う。もっと信頼できる……大切な誰かが）
　どこかから、鳥のさえずりが聞こえてくる。
　ゆっくりと、世界が白い光に包まれて、その輪郭を失っていく。
　そして――。

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