ひまわり迷路へいらっしゃい｜リアクション

ひまわり迷路へいらっしゃい

●従姉妹のひととき

　青山絢は九夜山の裾野近くにある耳福池あたりを従姉である水谷真優理と散歩していた。夏の日差しを木々が受け止め、そこから漏れた光が２人に優しく降り注ぐ。

「こっちだよ～」

　すると、どこからともなく声が聞こえた。２人は声の出所を探そうと辺りを見るが、どこにもいない。

「こっちこっち～」

　２人はそこでようやく声の主に気づいた。そこには可愛らしい小人――ひまわりの精がいた。その精霊によるとひまわりで出来た迷路が近くにあって、それを見てほしいのだという。

（すぐ近くみたいだし、行ってみようかな……）

　絢はそんな風に思っていると、絢以上に行きたがったのは真優理だった。嬉しそうな表情で絢のほうを見た。

「ね、絢ちゃん、聞いた？　ひまわり迷路、面白そうじゃない。ね、絢ちゃん、行こっ」
「え……っと」
「ね、一緒に行こう」

　戸惑う絢に真優理は瞳をうるうるさせて迫る。絢はその勢いに負けて、『ひまわり迷路』への誘いを受けた。２人はひまわりの精に導かれるまま、歩を進める。
　やがて２人の目の前に飛び込んできたのはずらりと咲くひまわりの姿だった。その光景は圧巻の一言に尽きる。また迷路といっても、それほど複雑ではないらしい。絢は迷路そのものよりも、むしろ見事に育ったひまわりの美しさに惹かれてしまう。

（ちょっと寄り道したけど、寄り道しただけのことはあるわ……）

　迷路に入ると、絢は鮮やかな黄色に魅入られるようにひまわりを見つめる。するとシャッターを切る音が隣から聞こえた。振り向くと、真優理がスマホを手に絢に笑いかけている。

「かわいい絢ちゃんとひまわりの花、フォトジェニックってこういうことを言うのね」

　満面の笑みを浮かべる真優理に絢は思わず苦笑した。
　真優理は従妹である絢が好きすぎて、いささか残念になることがある。これでも社会人としては有能である。星ヶ丘の超高級ホテル「ステッラ・デッラ・コリーナ」でコンシェルジュとして働き、その仕事ぶりは職場での評価も高い。しかしその残念ぶりはひまわり迷路においても存分に発揮された。

「ねえ、絢ちゃん、あのひまわり、なんか猫っぽくない？」

　楽しそうに真優理は絢に声を掛ける。彼女の指差すひまわりを見ると、なんとなく猫のような気がしなくもない。真優理は絢の手を取ると、そのひまわりと並ぶように立たせてシャッターを切る。

（今のところ楽しんでいるようで何よりだ）

　穏やかな笑みを浮かべている絢を、真優理は優しい眼差しで見つめた。目の前の従妹が過去に負った心の傷は、いまだに癒えていない。真優理の脳裏に先日行った墓参りのことがよぎる。

（せめて今は、その傷の痛みを忘れてほしい）

　そう願いながら、ひまわりの迷路をともに歩く。しばらく歩いていると、途中で赤タヌキの祠をみつけた。どうやら商売や芸術・創作活動などにご利益があって、近くの大樹のうろに小銭を投げ込む作法が定番らしい。
　絢は小銭をうろに投げ込むと、女優になれますようにと祈った。真優理も一緒に祈ったあと、ひまわりの精が２人の前に現れた。

「あそぼ～！　あそぼ～！」
「あんないする～！」

　かわいらしく駆け巡る小人たち。
　２人はひまわりの精に迷路の中を案内してもらったり、一緒に遊んで過ごした。もっとも、一番はしゃいでるのは真優理だったが。その様子に絢は小さくため息をついた。従姉が一番かわいらしく見える、その瞬間を見つめながら。

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