――この頃都にはやるもの……。
――夜討ち、強盗、偽らっプ……。

「ＨＥＹ！」
　声をかけられ、吉住 志桜里は振り返った。
「そこのＢ－ＧＩＲＬ、らっプごっこは楽しいかい？」
　声の主を、キャップの庇越しに確認する。

（……）
　
　らっパー風の優男。
　だが、らっパーであることと「らっパー風」であることは、全く違う。
　風体こそヒップホップを気取っているが、その実なんのポリシーもない。


「オレの即興らっプについてこれる？　ＨＥＹ　ＹＯ！」

　どうやら街頭のらっプバトルに巻き込まれたらしい。
　というか、いきなりらっプでケンカを売られたという状況か。
　シーサイドタウンに出てから、志桜里は街の様子が普段と違っていることに気づいていた。
　頭に浮かぶフレーズが、妙に韻を踏んでいる。
　ふと口を突いて出てくる言葉が、七五調だったりする。
　調子が良いときはこんな風にならないこともないのだが、それにしてはあまりに滑らか、なにか別の要素があるか――。
　そう思ったところで、いきなりのらっプバトルだ。

「……」
　急にマイクを突き出される。
　街頭でいきなりサイファを仕掛けられるなんて、滅多にあることではない。
（……）
　志桜里は気乗りのしない様子でマイクを受け取り、そして……。




一風変わったバトル？　無理な注文じゃあないぜ
いざ開幕　疾風怒濤のライムショー　
at日の本　寝子島　この日の下！

　屹と相手を見据え、言葉の弾丸を吐き出す。
　思いがけぬ反撃に、相手のみならず、周囲は一斉に黙り込む。
「日本」と「under　the　sun」のダブルミーニングに、気づく余裕もない。

マイク握れば ライフワーク
始まるぜ パリナイ いざ開幕

MICに吼えるMC Yeah 440Re（よしおり）
in da house yo！　

　即興に反応する反射神経、「ライフワーク」と「いざ開幕」の堅い韻。
「in da house」と使いどころの難しいスラングもさりげなく織り込む。
　
――おい、あのMC、ひょっとして440Re？
――マジか、神回じゃん！
――やべぇ、ケンカ売った奴、虐殺決定ってやつ？
――そんなことより、440Reのバトル、クソレアじゃね？

　周囲の観客がひそひそしゃべりはじめ、何人かが慌てて携帯のカメラを構える。
　吉住 志桜里、also known as、インディーズらっパー『440Re』。

　高い技量とセンス、そしてそのたおやかな外見に似合わぬ、ソウル溢れるらっプで、コアなファンの心をつかんで離さない凄腕。
　しかもそれを決してひけらかすことはない。
　どこでもかまわずらっプするセルアウトとは一線を画すという噂もあり、なかばレジェンドと化しつつあった440Re、まさか白日のもとに姿を現すとは。
　毒気を抜かれた相手に、さらに言葉の嵐を浴びせる。

日沈んだ後も 寝ない子誰だ？
U know 寝子島ヘッズ　集う深夜にJump around
浮かびアガるシャングリラ　それがこのシマ

「寝ない子誰だ？」とサンプリングを入れて、寝子島のヘッズをぶち上げる。
「浮かび上がる」と「アガる」を掛けて、「シマ」に「島」と「領土」を掛ける。
　巧みな韻とダブルミーニング。
　鬼のセリフでニヤリと笑った笑みが、さながら夜叉のように凄絶で艶やか。
「ＹＥＥＥＥＥＥＥＥ――！！！！！」
　観客たちが両手を振って熱狂する。

　志桜里はマイクを返して、相手のライムを待つ。
　だが相手は、もはや戦意喪失、もはや言葉を紡ぐこともできない。
　重い沈黙。
　サンプリングマシーンから、無意味なビートが流れ続ける。

（ビートの無駄遣い……）

　間断なくヘッズを煽りつつ、志桜里は考える。
　容赦なく相手の小節を奪うこともできるが、それは矜恃が許さない。
　けれど相手が無言のままでは、観客がしらけてしまう。

　――その瞬間。


いまから間近で　らっプバトル！？
いやいやさすがに　おかしいＹＯ☆

　陽気な声でらっプバトルに飛び込むのは、志波 武道。
　ランニング中にらっプバトルに遭遇、そのまま巻き込まれた形だ。
　相方の登場で、ほっと一息つく志桜里。



楽しい　うれしい　面白ォーイ！
そんな寝子島！　ひょんな猫島！
こんな此の島　「…また神魂かっ」！
　
　フレーズとともに、大きくのけぞって見せる武道。
　周囲から笑いが漏れる。
　島民なら神魂に悩まされることもあっただろう。
　武道を知るものは、彼の苦労性の性格を思い出し、腹を抱えて笑いだす。

　武道のらっプは、アイリーで優しい、明るさが第一。
　明瞭で親しみやすい、皆が好きになれるらっプだ。
　加えて武道のパフォーマンス能力が、周囲を引き込む。
　らっプと笑いは不即不離。武道の人柄が、ここでも発揮された形だ。

　志桜里も武道のスタイルを受けて、笑顔で答える。


これならイケる よーし負けないＺＥ☆
こんな柄だが 九州男子
いまじゃすっかり 寝子島ＢＯＹ
そんな俺が紹介する 愉快な楽しいキャラクター

タイムを プリーズ
ムーブを フリーズ
らっプを リッスンエブリバディ♪

　らっプの技法に「尽くし」というのがある。
　ご当地名産や、有名な魚、花の名前などを巧みにライムの中に織り込んでいく。
　激しいらっプの応酬の中で、たくさんの花の名前が隠されている。
　らっプが知的遊戯と言われるゆえんだ。

　さっと、武道が手をかざす。


寝子島サンキュー 猫サンキュー
ＹＯＵの毛並みは ベリーシルキー
出会わない方が難しい
キュートなウォークの

＼猫チャーン／　

観客の唱和とともに、通りの彼方からやってくる大量の猫。
尻尾を大きく波打たせて、武道の呼びかけに答える。



街を見ると らっプ祭り状態
正気ではない 椿事での珍事



　そんな猫たちに囲まれるようにして、マイク片手に現れるのは桜庭 円。
　肩に乗っかる飼い猫にゃーくんも、今日は矢鱈と気合が入っている。


しかし人間の方見ても　この町やたらヘッズが増えたね
こんなドープな街だったっけ？
アングラがメジャーになってしまったか

「うーん」と首をひねるパフォーマンス。
　早口のらっプで、情報量の多さをカバーする。


とリリックを踏もうと頑張っているが　なかなかこれが思いつかない
ムムッ！　イェアっていうとなんか野太い声がでる！

　円の「イェア！」に、志桜里と武道が笑う。

　あまりに達者すぎる若者のらっプに、ベテランらっパーがおどけて見せることがある。
　らっプはテクニックだけじゃない、スタイルを見せるのがらっプなんだと暗に主張するのだ。
　単純な技量で観客を魅了できないところに、らっプの奥深さがある。
　様々なカルチャーに通じた円、スキル以外のところでも客を魅了する。

　円の今日のスタイルは『流れに乗ってみる』。


散歩してたら、らっプ空間に遭遇、
流れに乗る様に　頑張ってみるのだ！
香箱座りと 腕を組むの似てる

　猫が前足を、完全に体に折りこんで座る姿を香箱座りという。
　腕を仕舞って、相手を睥睨する姿は、みょうな威圧感。
　「なめんなよ」とでも言いたげな風情だ。
　シーサイドタウンを散歩してたら、猫がなんだか騒がしい。
　お利口さんのにゃーくんも、香箱座りに香箱座りで対抗、メンチの切合いのようになっている。
　そのまま右肢を出してハイタッチ。
　なんだか猫の声がリズミカル。
　（読唇術でも、猫語はわからないし……なんだか妙に鳴き声がリズミカル。
　らっプしてるみたい）
　にゃーにゃー鳴きあった後、にゃーくんと他の猫がぞろぞろ歩き始める。
　なにかわかり合うものがあったらしい。
「――ヘッズが増えるのは良いことだね！」
　
　そんな流れの中、にゃーくんの猫らっプに付き合いながら、なぜか人間相手ののらっプもこなすようになり、武道の猫尽くしに巻き込まれたわけだ。
　突然の猫らっパーの来襲に、武道も志桜里も、サムズアップで答える。


「ヘイヘイ誰か忘れてなーい？　主人公、dj nonoの登場だい！」

　猫たちがさっと道を開けると、現れるのはストリートな姿に身を包んだ三人組。
「dj　nono　ヒアウィゴー！」
　マイク片手に元気いっぱいなのはdj nono。

「やっほー！」

たらったらったー　ぱらっぱらっぱー
dj　nonoの　らっプは世界一！
ののこのらっプは　褒めらっプ♪
笑顔のらっプで　みんながハッピー♪


「おっ、ののこちゃん！　ヤッホー、ＤＪnono！」
　走り寄る円が、ＤＪnonoとハイタッチ、ついでにサムズアップの親指を会わせる友情のポーズ。
　そのまま円は観客に向き直り、流暢にらっプで状況説明。

えっ、へぇディスらないらっプ!
つまり、らっプ　レペゼンNonoって所か！
いいじゃん！　面白そう！　最高潮！
じゃぁののこちゃん褒めてみよ！

　そのままＤＪnonoに向き直り、


らっプ、リプレゼントで マジリスペクト
その考えは 健全でクリーン
若々しいジャンルで、グリーン
そんな君は らっプクイーン


「クリーン」と「グリーン」、「クイーン」で堅い韻を押さえていく。


ドキドキ　初めて　らっプでドリーミン
円ちゃんと一緒　安心フィーリン
髪もグリーンで　心もクリーン
ボヘミアンのラプソディ　まるでキラークイーン

「えへへ、難しいけど、楽しい！」笑顔を見せるののこ。

（……とか、らっプ立ち上げすげぇなぁ）
　円は内心、舌を巻く。
　らっパーの気合も、ヘッズの熱気も、圧倒するものがある。
　にゃーくんたちが気合はいってるのも、わからないわけではない。
　自分も引いてはいられない。
「見栄を良くしないと！」
（し、しっくりこないけど、とりあえず堂々としてればそれっぽく見える気がするはず！！）
　若干不安そうに飼い主を見守るにゃーくんに、腕組みをしてポーズを決める
「見得を張るのだ！」
　ちぇちぇちぇけ、チェーンとポーズを決めれば、円もいっぱしらっプガール。

――おい！　俺たちもいるぜ！
――僕たちもいるよ～。

　ののこの背後でか細い抗議をあげる二人。
　武道がさっと躍り出て、らっプ寝子島尽くしを続ける。

「それじゃ、お次は……」

お次は一番 ニューフェイス
キューっとキュートな そのボディ
丸みと可愛 さインフィニティ
気絶も愛嬌

＼マンボウくーん／

「俺じゃねえのかあああ！！！」
　歓声と一緒に突っ伏す影。
　その姿を踏み越えるように現れる、金属で身を固めたまんぼう君。
「萬暴くん、とか言うとヒップホップっぽくなるよね」
「きゅう」
「自分の名前で気絶したよ、この人」



だが忘れるな真打ちを
彼がいなけりゃ始まらない


秋刀魚の旬はオータム
バット彼の旬は年中無休
お出ませ我らの


＼サンマサーン／


さすがだぜ、よくわかってるな、ＤＪ！
そうとも俺がＤＪ　ＳＡＮＭＡ、とびきりのらっパーだ

　ひたすら棒読みを続けるサンマさん。
　スキルもテクニックも存在しない。
　さながららっプの散文詩、らっプの山頭火という風情。
　あまりに自由ならっプに、周囲が度肝を抜かれる。


サンマ、サンマ、
サンマ苦いか　しょっぱいか
苦いだけのサンマ もうグッバイ
笑わせるな お前はしょせん秋サンマ

昨日一匹のサンマが死んだ
サンマの武蔵は死んだのさ

もはや意味不明の独白に、あたりからブーイングが出る。
それでも自分の世界に浸っているサンマさん、マイクを離そうとしない。

　いち早く状況をつかんだ志桜里、サンマのらっプを引き継ぐ。


ところで褒めるばっかのらっプってやった事あっか？　
まるで讃美歌
バトルとくれば　切った張った　勝つか死ぬか
Wackかillか　喰うか喰われるか　
Do or DieでDopeなライムに
カメラ目線のパンチラよりもパンチライン
キメなきゃプロップスは無い



「うお、なんか凄いな」
　ビートをこっそり拝借されたサンマさん、それにも気づかないほどクールで繊細な志桜里のらっプ。
　日本語では作りにくい対句のらっプを、絶妙に英語に引き継いでいく。
　意味を通じさせながら、耳心地がよい。
　らっプのスラングを交えて、緊張感のあるらっプを展開する。
　年頃の女性にはきわどいワードを交えて、周囲の心を翻弄する。
　らっパーはアクトレスでもあるのだ。
　周囲の期待を背負い、さらにライムを連ねていく。


それがMa steelo？
違うだろこれはSteelo以前のまぁ御作法
だが今日はどうも違うらしいな　それもまた良し
武道風に言うなら守破離　則って乗っかって
乗っ取ってくのが好し折　そういう風の便り

「それもまた良し」でののこにアピール。
　武道の話題は、同じく「武道」の名をもつ志波 武道に刺さったかどうか。
　特に意味のないらっプが、なぜか組み合わせによって不思議な意味を持つことがある。
　即興芸術たるらっプの不思議であり、またそうした暗合を引き寄せるのがらっパーの技とも言えた。
　さらりと自分の名前を織り交ぜる、高等テクニックを忘れていない。

　すでに最高潮の観客のボルテージ。
　そこに突如、ひときわ明るく、晴れやかな声が響き渡った。

「さて今日はみなさんに　小萩のすごさを教えちゃいます！」