サカダマさまの怪｜リアクション

サカダマさまの怪

　恵御納夏朝は一人で校舎を歩いていた。
　サカダマさまのうわさを、確かめようとしたのだ。

　放課後の人のいない校舎を歩いていく。
　足音が廊下に響いて、自分の影が黒く長く伸びていく。

「おつかれー」
　不意に、声をかけられた。
「あ、まだ残ってたの……？」
「うん、部活なかなか終わらなくて」
　相手は朗らかに返事をした。
「最近どう？」
「大きいテストも終わったし、しばらくはのんびり……かな」
「まったりするの好きだもんね」
「うん」
　恵御納のペースに合わせるように、会話はゆっくりと続いていく。

「進路とかもさ、そろそろ考えなきゃいけない時期じゃん。来年からもう、受験生だから」
「そう、だね」
「だから、やりたいことやるなら、今のうちって、最近すごく思うっていうか……」
「うん」
　くるりと、相手がこちらを振り向く。

「ねぇ、何かやりたいことある？」
「やりたいこと？」
「かなえたい願い、とか」
　ふと、一つの考えが去来した。
　それを伝えるべきか、口にするべきか迷っていると、ろっこん用に隠し持っていたねこシールがひらりと制服の袖から落ちた。
　机の下へと落ちてしまう。

「あ」
　慌てて身をかがめて拾うと、裏に自分の文字でメモが残されていた。

＜サカダマさまかもしれないなら、切望する願いは伝えない＞

（……そうだ）
　相手の顔を見て、恵御納は我に帰った。
（この子は、サカダマさまだ）
　先ほどまで違和感なくしゃべっていた相手が、急に誰だかわからなくなる。
　そのために、一人で歩いていたのだ。
　サカダマさまに、出会うために。

　切望する願いならあった。
　だが、この相手に祈るべきは、その願いじゃない。

「……今、伝えられる願いは」
「うん」
　サカダマさまを真っすぐに見る。
　誰の顔だかよくわからないのは、恵御納に奇妙な感覚を与え続けていた。

「サカダマさまが、このままずっと、成仏しないこと」
　サカダマさまはふっと目を見開いた。
　それからちょっと笑った。

「成仏って、幽霊じゃないんだから」
「……え？」
　サカダマさまは手を伸ばして、とんと恵御納の肩を軽く叩く。
「だけどありがとう。自分の願いじゃなくて、サカダマさまのために願ってくれて」
　そしてくるりと踵を返した。

「遅くなる前に帰った方がいいよ。日が落ちる前に、おうちに戻るといい」
　待って、と声をかける前に、サカダマさまはどこかへ走り去ってしまう。

「あ……」
　恵御納は束の間、手元に残ったシールを見下ろした。
　もう、サカダマさまの顔も思い出せない。
　恵御納は深く呼吸をし、帰路へついた。

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