サカダマさまの怪｜リアクション

サカダマさまの怪

　響タルトは足音を消して寝子島図書館を歩いていた。
「日記、日記……と」
　サカダマさまのうわさを聞いて、さっそく例の日記がどこかにないかと探しに来たのだ。

「それにしてもすごい本の数だなー……」
　高校よりはこちらの方が広いからと出向いてみたが、思っていた以上の蔵書量に圧倒されてしまう。
「やっぱそう簡単には見つからないな……」
　それでもあきらめることなく、根気強く本の背表紙を眺めていく。

「あっ」
　だが、集中が不意に切れた。
「やっだこれ、新刊出てるじゃん……！」
　BLの小説に、思わず手が伸びた。
　ヤクザに借金のカタで愛人になるよう命令された主人公が、初めはいろいろと揉めたりするものの互いに惹かれ始める。だがそこに幼馴染の弁護士が登場して、事態は三角関係に発展し……
「すっごい続き気になるところで止まってたんだよね……」
　ぺらぺらとページをめくる手が止まらない。
「うそ、そんな展開に……！？」
　と息を呑んだところで、本来の目的を思い出した。

「そっか、サカダマさまにうっかりBLいっぱいの世界何てお願いしたら……この世からBLが根絶されちゃうんだ……」
　思わず首を振る。
「そんな世界生きていけない……推しが見られない世界なんて……」
　そんなのグレイスケールの虹、スパイス抜きのカレーだ。
　借りる本の中にそっとBL小説を足して、そういえば、と響は考える。

「サカダマさまって……男なのかな、女なのかな？」

　その響の前に、困惑したような顔の青年が立っていた。
　年のころはおそらく、響より2つほど年上だろう。

「……えーっと」
　彼は困惑したようにこちらを見ていた。
「もしかしてサカダマさま！？」
「その、本の間に……何ていえばいいかな、メモ帳挟まってない？」
「え？」
　文庫本をめくる。
　すると、手のひらほどの小さなメモ帳が見つかった。
「え、これ……」
「返してもらえると、助かるんだけど……」
「あ、どうぞどうぞ」
「どうも……」
　彼はどこか恥ずかしそうにメモ帳を受け取る。

「もしかして貴方がサカダマさま？」
「普通は初見で見抜かれないんだけどね？　手帳を持ってたせいかな」
「わー、良かった！　探した甲斐があったよー！　あのね、聞きたいことがあるんだけどね、どんなカップリングが好み？」
「カップリング？」
「そうそう。ワンコ攻め健気受けとか、職場の先輩後輩とか」
「あんまりラブストーリーとかは読まないから……」
「そうなの？　でもなんかグッとくるシチュエーションとかあるでしょ？」
「……タイタニック号のラストとか？」
「なるほど死ネタ萌えか……」
「えっと？」
　サカダマさまは戸惑った様子だった。だが響は意に介さない。
「ねぇ、サカダマさまって楽しい？　いろんな人の願いを逆に叶えるんでしょ？」
「まぁ……そうなっちゃってるけど」
「いいなー。一人だとなかなか大変じゃない？」
「サカダマさまのうわさ知ってる人が、そんなにたくさんいるってわけでもない時もあるから。繁忙期と閑散期があるよ」
「そっかー！　なんなら僕がサカダマさまになれたらなと思うけど」
「君は……自力で自分の願いをかなえるほうが向いてそうじゃない？」
「そうかな？」
　そんなことを離すうち、閉館のチャイムが鳴る。
「あ、もうこんな時間」
「じゃあ僕はこれで」
「図書館に住んでるの？」
「まぁいろいろかな。姿も声も、いつも違うから」
「面白いね」
「君は何でも楽しむんだね」

「まぁね」
　そうにっこり笑いかけた先には、既に誰も、いなかった。

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