データが消えて、真っ白け！？｜リアクション

データが消えて、真っ白け！？

　五十嵐先生の場合（御巫時子）

　御巫時子は、五十嵐尚輝先生に会いに理科室を訪れた。
「おはようございます……」　
　尚輝先生の姿を見つけた時子だが、先生はじっと考え込んでいる様子だ。
　いつもなら返事が遅れることはあっても、もう少し反応がいい。
　だが時子のほうを見ようともせず考え込んでいる先生に、声をかけようか悩んでしまった。
「あの、尚輝先生……？」
　その言葉に、ようやく先生は反応してくれた。
「あ、御巫さん、おはようございます」
　返事があったことにほっとしつつ、いつもと違う様子が心配で時子は尋ねた。
「あの、どうかしたんですか？」　
　実験や仕事に熱中しているなら邪魔をしてはいけないと思うが、机の上で何かをしている様子はない。
「研究の資料が行方不明なんです。この部屋のどこかにはあるはずなんですが」
　尚輝先生はあたふたする様子もなく答えてくれた。
「私も一緒に探します。大丈夫です。見つかります」
　時子は微笑んで言った。
　理科室のテーブルや戸棚は片付いていて、そこまで探すのが難しい部屋ではないはずだ。
「窓は開いてないですから、風に飛ばされたりはしてないですよね？」　
「ファイルですからそんなに軽くはありません」
「隅に落ちてないか探してみましょう」
　そう言いながら時子はゴミ箱をどけてみる。
　真剣に探す先生を見つつ、時子ももちろん真剣に探している。
　ガラス戸越しに棚の中も見ていくが、それらしいものは見つからない。
「室内から持ち出した覚えはないですか？」
　時子の問いに、尚輝先生は答える。
「それはないはずです。ここで使うものですから」
「だったら必ず見つかるはずです」
　だが、考えられる場所はみな探している。

「見つからないですね。少しコーヒーを飲んで休憩しませんか……？」
　時子の提案に、尚輝先生は頷いた。
「そうですね。気分が変われば何か思いつくかもしれない」
　サイフォンのある場所へ向かった時子は、違和感に気づいた。
　サイフォンの下に見慣れないものがあるのだ。
　それはファイルだった。
（棚と同じ色で遠くからだと同化しそうですね。もしかしてこれでしょうか……？）
「尚輝先生、これですか……？」
　ファイルを持ち上げて見せる時子に、尚輝先生は急いで近づいて来た。
「そうです。探してた資料です」
　ホッとしたように言う。
「まさかここにあるなんて。でも見つかって良かったですね」
「ええ。ありがとうございます、助かりました」
「少しでも先生のお役に立てたら嬉しいです。それじゃ、私は帰りますね」
「そうですか。見つけてもらって助かりました。時間をとらせてすみませんでしたね」
　先生に会うのが目的なので、時子としては全然構わなかったのだが。
「いえ、あの……明後日お弁当を作ってきても良いですか……？」
「いいんですか？　助かります」
　尚輝先生の嬉しそうな声を耳に残し、時子は理科室を後にした。
　夏バテしないお弁当のメニューを考えながら。
　

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