赤い霧の悪夢｜リアクション

赤い霧の悪夢

●いつもと違う夜

　真夏の夜。
　人気の無い公園。その場所を照らすために外灯がいくつも設置されている。そんな灯りの下に設置されたベンチに、外見だけなら２３か２４歳くらいの美女――朝鳥さゆるが物憂げに、所在無げに佇んでいる。彼女の生活は一般的なそれとは異なっている。星ヶ丘に自宅があるが、殆どクローゼット代わりにしているため着替えに帰る以外は立ち寄らない。そしてほとんど夜毎行きずりの快楽に溺れるなどの自傷行為に近い行動をとっている。しかし今夜はそんな情事に溺れることも、睡眠薬で泥沼のような眠りに身を沈めることもできない夜だった。
　さゆるの周囲が赤い霧に包まれだした。初めはうっすらと赤くなったように感じた視界が、明確に赤に染まる。普通の人間なら不気味がるところだろうが、彼女の場合は違った。完全に摩耗していて恐怖も陰惨さも感じなかった。
　ただ、なにかしら空気が動く気配――赤い霧の向こうから『何か』が近づいてくるのは分かった。ベンチから立ち上がると、持っていた護身用のバタフライナイフの刃を開く。武器を取り出し周囲を警戒しつつも、さゆるの雰囲気はどこか投げやりなものがあった。それは彼女の人生観によるものだろうか。どこか冷えた視線で近づいてくる『何か』を捉えようとする。
　刹那。霧の向こうからゾンビが襲い掛かってきた。寸前のところでその腕をかわすと、ゾンビがふらふらとよろめく。その動きはボクサーのような精緻さも威力も感じられず、泥酔した人間のじゃれあいのようだ。それはつまり、本能のまま襲い掛かってきたということ。だからこの攻撃に悪意は無く、さゆるのろっこん『Stella cadente』は発動しない。
　それでもなんとか攻撃をかわし続ける。しかしゾンビの数が増えてくると戦況は不利に傾く。

（ナイフ１本じゃきついか）

　そう判断すると、すぐに彼女はその場を立ち去る。するとゾンビたちはその後ろを追いかけてくる。なにか武器になりそうなものを探しながら、ゾンビたちとの距離を見極める。その時ふとバットが落ちているのが見えた。サイズから察するに子ども用だろう。リーチは短いが、軽くて扱いやすいしゾンビ相手なら威力は足りる。
　追われるばかりでは消耗戦だ。やがて捕まるのは目に見えている。だから追ってきたゾンビにも、途中で出くわしたゾンビにも容赦なくバットを振る。そして殴っては逃げるというのを何度も繰り返す。そのうちに夜は終わりを迎え、朝を告げる光が島を照らし始める。　
　すると霧が段々と薄くなり、ゾンビも消えていった。さゆるは激闘に次ぐ激闘で、すっかり疲弊して肩で息をしている。しかしどうにか朝まで逃げ切ることができた。

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