自転車で駆け抜けろ！｜リアクション

自転車で駆け抜けろ！

●スリップゾーン

　玲音がコースを進み続けると２つめの障害物が見えてきた。コースの上にスリップしやすいマットが敷かれている。隙間無く配置されているので、避けて通るのは無理そうだ。玲音はちょっと苦戦しながら慎重に進む。そうしている間に他の選手たちもやってきた。玲音の動きを見て、想像以上に滑りやすいと判断した選手たちは減速しながらマットに乗った。しかし遠海はマットを確認すると減速することなく突入した。

（どのみちちんたらやってられないから）

　とはいえ、ペダルを強く踏むとどうしてもタイヤが空転する。こうなるとバランスを保つのは難しく、勢いのままに転倒してしまう。しかしマットの素材のおかげでケガは無い。体を軽くはたいて、また自転車にまたがって漕ぎ始める。同じような作戦を取る選手は他にも居るが、やはり難しいようで停止や転倒を起こしている。
　心はそんな様子を見ながら、マットゾーンに入る前に一旦降りてサドルを一番下まで下げる。

（これですぐに足をつけられるわ）

　重心をできるだけ低くして、慎重に進む。進路にはスリップして倒れている人たちがいた。とはいえマットのスペースに余裕は十分あり、避けて通るのは問題なかった。問題なかったのだが、心はある行動に出る。
　倒れている人の足を、バランスが崩れたのを装って思いっきり踏んだ。

「あっ！　ごめんなさ～い」

　痛がる女性に平謝りをする。見ると踏まれた部分にかすり傷ができていた。これはわざとだが、踏まれた方は事故だと思っているので大丈夫と返事をする。実際けがは大したことはなさそうで、心はその場を後にする。その後ろから豪がやってきた。たまたま現場を目撃したが故意だとは思っていない。ただ踏まれた選手がケガをしているのは放っておけなかった。クロスバイクから降りて、ケガ人に駆け寄る。

「大丈夫か？」
「はい。かすり傷ですし……」
「無理はするなよ」

　そう言って絆創膏を渡す。

「お互い頑張ろうぜ」
「ありがとうございます。でも貴方も急がないと……」
「俺はこれからスパートかけるから平気だ♪」

　豪は再びクロスバイクにまたがると、その選手を安心させるかのように走り出した。その近くでは、まゆらがつるつると滑ってハンドル操作を誤ったり、バランスを崩しそうになったりするが、可能な限り冷静さを保ちながら潜り抜けようと必死に進む。
　少し遅れてやってきた夏朝は滑っている人、転んだ人などを見て、このゾーンの難しさを理解した。

「滑りそうだから気をつけ……わぁぁぁ！？」

　理解したからといって突破できるわけではない。まるで効果音が付きそうな滑り方をして転倒した。しかし何度滑ってもその場で自転車に乗り、少しずつ漕ぎ進めていく。

「く……諦めて、たまるかぁー！」

　闘志を燃やして懸命にペダルを踏み込む。ここでも順位の入れ替わりが何度も起こる。Ｓ字とは違った操作感覚になかなか慣れず、全然進めない選手もでてきた。夏朝やまゆらのように少しずつでも進んだ選手たちがわずかながら先行する形となった。
　Ｓ字で時間を短縮した玲音と、捨て身の前進を見せた遠海がまずスリップゾーンを抜ける。やや遅れて夏朝やまゆら、その他数名が脱出して追撃を狙う。他の選手はまだ時間がかかりそうだ。