自転車で駆け抜けろ！｜リアクション

自転車で駆け抜けろ！

●レース開始前

　寝子島駅の周囲は太陽とは別種の熱気で満ちていた。参加者たちが受付を済ませて続々とスタートラインに並ぶ。これほど多種多様な自転車が並ぶ光景はそうそう無いだろう。いつのまにか即席の実況席が設けられ、観衆もコースの端から声援を送っている。
　恵御納夏朝は薄橙色の自転車で参加していた。桜花寮に置いても大丈夫かな、と思いつつ買ったもので、ごく普通の自転車だ。目当ては２位の賞品である商品券３万円分。受付を済ませてゼッケンを受け取る。

（勝てる気はあまりしないけど……できる限り……頑張る……！）

　その次の受付を済ませたのは落合まゆら。自転車は普通のものでもいいと知って参戦することにした。彼女の狙いも実は夏朝と同じく商品券だ。

（１等は「ステッラ・デッラ・コリーナのお食事券」で、それはそれでほしいけれども、３万円もあればエアコンを買う資金の足しになるだろうから）

　まゆらの部屋にあるエアコンは冷気も出さず、暑い空気をかき回すだけでまるで仕事をしない。これでエアコンが買い換えられたら、きっと快適な生活がやってくるに違いない。そんな気持ちを胸にレースに臨む。
　虚栄心はクロスバイクで参戦していた。しかし、実はこれはただのクロスバイクではない。モーターやバッテリーがフレーム内部に隠された電動自転車である。

（『電動自転車に見えない電動自転車』というコンセプトのモデルよ。一見普通のクロスバイクにしか見えないわね）
（タイヤは空気じゃなくてリペアムゲルって素材が充填されたノーパンクタイヤに交換してあるわ。空気が入ってないから、絶対にパンクはしないわよ）

　この手段を選ばない戦略が吉と出るか凶とでるか。不敵な笑みをうかべる心がスタートラインに並ぶ。その横には龍目豪がいた。彼もクロスバイクで参加している。こちらは普通のクロスバイクだ。

（最近あまり乗ってないが、中学時代は走りまくったもんだぜ。賞品も豪華だし、上位狙って行くぜ！）

　そこから少し離れたところで楡宮遠海は静かな闘志を燃やしていた。自転車レースに適した服装に加えて、借りてきたロードバイクでの参戦。ここまで準備して挑む理由はただ１つ。１位の賞品である「ステッラ・デッラ・コリーナ」のお食事券。
　大食い女子である遠海――見た目こそスレンダーな美少女だが――は即座に自転車レースへの参加を決めた。

（参加するからにはやはりお食事券、もといレースで勝たなきゃ。そうすればステッラ・デッラ・コリーナで普段は味わえないような高級料理を堪能できる）

　早くも一等になったつもりなのか、ドレスは何を着ていけばいいかな、などとアホなことを考えている。そこから少し離れたところで柚瀬玲音はインタビューを受けていた。

「これはボクのかっこいいジテンシャテクニックをみせるちゃんすなんだよ、だよ」

　そう話しながら自分のマウンテンバイクに目を向ける。グリーンフレームに黒が映える相棒を携えて、意気揚々とレースに挑む。

「意気込み？　それはかっこよくじてんしゃをあやつることだよ！」
「ボクのはオンロードレースにはあまり向いていないけど、ショウガイブツキョウソウなら話は別なんだよ。カレイなハンドルさばきをみせてやる！　だよー」

　玲音はとても楽しそうに話す。

「ボクは順位よりも楽しくレースできると楽しいなって思ったりするんだよだよ、でも勝てたらもっと楽しいな！」
「いい走りができたら、あいぼうにありがとうって言うんだって思いながら、せいいっぱいがんばるんだよ！」
「だから、かってもまけても、レースに出たみんなと楽しく笑いあいたいなって思うんだよ」

　本当に自転車が好きなんだな、とその言葉と表情が物語っていた。いよいよ開始の時刻が迫り、選手以外はコース外へ移動する。そして青木慎之介や島岡雪乃、野々ののこなど、続々と他の選手たちがスタート地点に並ぶ。徐々に会場が静かになり、緊張感が生まれる。
　それを打ち破るようにパーンという破裂音がレースの開始を告げた。

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