誰そ彼時の出会い｜リアクション

誰そ彼時の出会い

　寝子島総合病院は朝から多くの患者を受け入れていた。島内だけでなく、他県からも紹介状を携えて続々と訪れる。
　途切れることのない患者の波に深倉理紗子は内科医として立ち向かう。愚痴に耳を傾け、笑顔を絶やさないで診療に当たる。
　今日も過酷な時間を乗り切った。理紗子は疲労が色濃く残る顔で通路を力なく歩いていた。目にした自動販売機で缶コーヒーを購入した。人目に付き難い非常階段から屋上に向かう。
　その足取りは重い。
　――今日は宿直もあるから、三十六時間勤務になるわ。月に数回だけど、身体に堪えるわね。
　ようやく階段を上り切った。素っ気ない扉を開けて屋上に出た。
　誰もいなかった。茜色に染まる空間は解放感に満ちていた。ほっとした表情で理紗子は一方へと向かう。フェンスの上部に上体を預けると缶コーヒーを開けた。
　一口、飲んだ。心休まる息を吐いて夕陽に染まる街並みを眺めた。大海原に目を移し、大らかな気分でコーヒーを一気に飲み干した。
　緩やかに息を吐く。安らいだ表情が急に強張った。翡翠を思わせる目が怯えを含んで揺れ動く。
　――こんな時間に誰だろう。後ろの方から気配が……。
　表情に迷いが生じる。間が持たず、首を竦めた姿でそっと振り返った。
　黒い影が静かに佇んでいる。人の形をしていた。髪型で女性に思えた。身長は理紗子と比べて大差ない。
　正体不明の影を理紗子はまじまじと眺める。怯えた様子はなかった。積極的に関わろうという姿勢を見せた。
　――影だけど、どこかで見たことが。懐かしいような、温かいような、この感じは……。
　脳裏に温かみのある笑顔が揺れていた。目に感情が溢れて泣きそうになる。
「もしかして……紗智子お姉ちゃん？」
　影はゆっくりと頷いた。漏れそうになる声を掌が抑えた。缶コーヒーが乾いた音を立てて転がった。頬は涙で濡れた。止められない想いが溢れて顎先から滴る。
　急性くも膜下出血で亡くなった次姉が逢いにきた。弱い自分を見せたくない一心で口を抑えた。が、会えた喜びが勝った。涙は止まりそうになかった。
　理紗子は泣きながら影に心情を吐露する。
「ごめん……わたし、お姉ちゃんより、年上になったのに……泣き虫のままで、本当に、ごめんなさい……」
　影は何も言わなかった。ただ、理紗子を抱き締めた。応えようとして背に回した手が擦り抜ける。どちらも相手に触れることは出来なかった。
　理紗子は濡れた頬で自然な笑みを浮かべた。
　――触れることが無理でも、わかるよ。わたしを想って、来てくれた。優しい紗智子お姉ちゃんらしくて、涙が止められなかったよ。
　でも、どうして？　すっきりしたよ、これって……。
　緊急を報せる音が鳴った。理紗子は白衣のポケットから院内専用のＰＨＳを取り出した。
「はい、深倉です」
　慌ただしい音に混ざって急患を告げる声が聞こえてきた。患者の状態を聞いて素早く通話を終えた。
　影は少し離れたところに立っていた。見守っているようだった。
　理紗子は白衣の袖で涙を拭いた。落ちていた空き缶を拾うと入ってきた扉に急ぐ。
　途中で影の方に振り返った。
「お姉ちゃん、行ってくるね」
　影は軽く手を振った。見えない笑顔が頭に浮かんだ。
　――今日はありがとう。わたしは負けないよ。少し泣き虫だけど、がんばるね。
　表情を引き締める。一端の内科医として理紗子は戻っていった。

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あとがき

担当マスター：黒羽カラス
ファンレターはマスターページから！

　今回は不思議な影のお話でした。
　影を通してＰＣの過去や人間性を伝えることを考えました。
　完成したリアクションは実にＰＣらしく、抑えた感情が瑞々しく、
　書いていた私も少しほろりとしました。

　参加人数の関係で個々を絡ませる場面はありませんでした。
　プロットの段階で一度は頭に過ったのですが、少し不自然になりまして、残念ながら見送りとなりました。
　次に似たようなシナリオを書く時は、個々の心情を深く掘り下げつつ、横の繋がりも大切にしたいと思います。

　ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
　参加された方々には感謝しかありません。
　新たなシナリオでお会いできるように精進します。

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シナリオ

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