Cafe　3CATS｜リアクション

Cafe　3CATS

　白石妙子がカフェを見つけたのは全くの偶然だった。
夫は滅多に帰ってこず、育児にPTA役員にと忙しい時を送る日々。そんな時間の合間に、ふと散歩をしていたらカフェを見つけたのであった。
（疲れたわ……たまには喫茶店で一休みしようかしら）
　そんなことを思いながら木製の扉を開けると、からん、と心地よいドアベルの音が白石を出迎えた。
　メニューを見てみると、おすすめはブレンドらしい。暑い中だが、白石はそれを頼むことにした。カウンター越しにマスターへと伝える。人の好さそうなマスターは頷いて、カップの準備を始めた。
　さほど待つこともなく、猫の意匠がほどこされたカップでブレンドが提供された。喫茶店の温度は涼しく快適で、白石はコーヒーの良い香りを楽しみながら口へと運ぶ。
（……この香り、なんだか懐かしいわ。産院で飲んだコーヒーを思い出すわね）
　そんなことを考えながら瞬きをすると、そこは病院だった。
　陣痛の激しい痛みが白石を襲う。
「大丈夫ですか！　もう少しですから！」
　看護師さんにそんな声を掛けられるが、返すだけの余裕がない。必死に呼吸を繰り返しながら、白石は痛みに耐えるばかりだ。浅い呼吸になってしまいそうなのをどうにか深い呼吸にして、お腹の中の赤ん坊が出てこようとしている痛みを味わう。予定日をすぎ、破水をして産院に駆け込んだ。このまま死んでしまうのではないかという痛みだった。ひどく怖かったのを、今でも覚えている。
　どのくらいその時間が続いたのだろう。次に掛けられた声は、
「おめでとうございます、元気な男の子ですよ」
　だった。
　元気に泣き声を上げる赤ん坊を見て、白石はとても幸せな気分になった。夫との愛の結晶。無事に生まれたのが何よりも嬉しかった。
　初めてのお産で不安だったこと。つわりが治まったと思ったら体重が増え過ぎたり、塩分制限をされたりしたこと。安定期に入っても疲れやすくて、お腹が張ると不安になったこと。しかし、初めてお腹を蹴られた時は嬉しかったこと、そんな数々の経験が今に繋がっているのだと、白石は思い出していた。
　やがて駆けつけてくれた夫が手を握って喜んでくれたことは、何よりも嬉しいことの一つだった。目元なんか似ているな、と言われて、お産直後の疲れた身体でそうね、と笑って頷いた。
　疲れてちょっと長い瞬きをすると、そこは病院ではなく喫茶店だった。どうやら、随分と長い思い出に浸っていたらしい。カップを傾けながら、息子のことを思い出して白石は小さく微笑んだ。あんなに大変だったお産も、今思い出してみるといい思い出だ。
　白石はコーヒーを飲みながら、しばしのゆったりとした時間を楽しむのであった。