Cafe　3CATS｜リアクション

Cafe　3CATS

　恵御納夏朝は些細な噂を耳にした。曰く、「その喫茶店のコーヒーを飲んだら、幸せな瞬間を思い出せるらしい」
　その噂を確かめるべく、恵御納　夏夜は噂のカフェを訪れていた。いつか来たいと言っていた夏朝のために。
　ドアベルの音と共に出迎えてくれたのは三匹の猫の置物。その愛らしい姿に、夏朝のことを思い出した。
（……夏朝が見たら、『猫さん！』って喜ぶかもね）
　猫グッズや可愛らしい猫が好きな彼女のことを思い、夏夜はカウンター席へ腰を下ろす。注文は噂のコーヒーと、自家製のシフォンケーキ。
　そこまで待つこともなく、すぐに、良い香りと共にケーキとコーヒーが運ばれてきた。一緒に運ばれてきたミルクカップからミルクと、角砂糖を入れてぐるぐるとかき混ぜる。黒いコーヒーが茶色く変わったのを見て、そっとカップを手にとった。ふ、と息を吹きかけてから、一口飲む。程よい苦味と、あとから来る砂糖の甘さ。美味しい、と心の中で呟く。
　次の瞬間、夏夜の眼の前にいたのは、夏朝。そして家族の皆。穏やかな笑みを夏夜に向けている。
「夏朝、父さん、母さん、冬夜……」
「どうしたの？　夏夜ちゃん、一緒に遊ぼうよ！」
　夏朝がそう言いながら夏夜の方へ手を伸ばす。夏夜はためらいながらその手をとった。賑やかな、にくきゅう諸島での出来事。夏朝と冬夜で砂の城を作ったっけ。
　どこかくすぐったいような気持ちで、けれどとても幸せな気持ちでぺたぺたと砂を積んでいく。時折ちらちらと父母の方を向くと、目が合って手を振られ、遠慮がちに振り返したりして。三人で作った砂の城が出来る頃には少しだけ慣れて、会話も饒舌に交わせるようになっていた。
「夏夜ちゃん、上手―！」
「そうかな。夏朝も上手だよ。ここの城の屋根なんか、夏朝が作ってくれたじゃないか」
「じょうずー！」
　弟の冬夜も小さな手をパチパチと叩きながら、二人を褒めてくれた。それが妙に嬉しくて、思わず夏夜の口元が緩む。
「できたね。みんなで写真を撮ろう！」
　出来上がった砂の城を前に、夏朝がそう言いながら微笑んだ。提案に頷く恵御納家の五人。
　スマートフォンでぱちりと写真を撮れば、そこにはぎこちないながらも幸せそうな夏夜の姿が写っていることだろう。
（またいつか、こんな日がくるといいな……）
　夏朝と夏夜が並んで写っている写真を見て、そんなことを考える。
　気づけば、夏夜は喫茶店にいた。幸せな夢はもう終わりらしい。
（……なるほど、噂は本当みたいだね……）
　邪魔にならない程度のジャズの音をバックに、そんなことを考える。夏朝が聞いた噂は本当だったようだ。確かに、目の前には幸せだった瞬間が広がっていた。シフォンケーキにフォークを入れると、ふわ、とした感覚がフォーク越しに手に伝わってくる。それを一欠片口に運ぶと、控えめな甘さが広がった。コーヒーとよく合う、ふわふわとしたシフォンケーキ。それを食べながら、夏夜は先程の光景を思い出していた。思い出すだけで、じわりと暖かな感情が胸の中に広がる。
　ケーキを食べ終え、コーヒーを飲んでからしばらくして、夏夜は席を立った。
「ごちそうさま。……おいしかった、です」
　そうマスターに告げて、扉をくぐる。家に帰ったら夏朝に向けてメモを書こうと決めながら。内容はこう。
『噂のカフェ、噂は事実。……あと、猫好きにもおすすめ』

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