月蛍苑へいらっしゃい｜リアクション

月蛍苑へいらっしゃい

●想いの形

　鬼河内萌は気づくと見知らぬ庭に立っていた。庭の中央には大きな池があり、月がぽっかりと映りこんでいる。またここには蛍が多く飛んでいて、その鮮やかな光が景色を彩る。

（綺麗……でも、ここどこ？）

　何かヒントは無いかとあたりを見回す。すると、その様子を見て、初老の女性が話しかけてきた。

「いらっしゃい」

　女性は庭と邸宅の主で、ここは星ヶ丘にある『月蛍苑』と呼ばれる日本庭園だと教えてくれた。萌のように迷い込んでくる人は珍しくないという。そしてここの蛍たちは感情や頭のなかで想像した形に反応して、電光掲示板のように文字や形を示す習性があることも聞いた。
　その話を聞きながら萌は野菜原ユウも迷い込んでいないかと周囲を見回す。すると少し遠くにユウがベンチに座っているのが見えた。萌は女性から提供されたぶどうジュースを２つ受け取ると、彼の元へ向かって歩き出す。
　ユウの近くまで来ると、その周囲にたくさん『♪』の形をした蛍に驚く。ヘッドフォンで音楽を聞いているようで、とても楽しそうだ。彼がふと萌のほうを見るとヘッドフォンを外した。どうやら今気づいたらしい。
　萌はユウの側に座ると、もって来たぶどうジュースを渡す。ユウは一言礼を言うとそれを受け取った。萌はジュースを飲みながら蛍の動きや光の変化を楽しむ。ユウも蛍を眺めている。ヘッドフォンの音は止んでいないのか、『♪』の形が２人の周りで舞う。
　そのなかに、ふとハート型の光が迷い込んだ。赤や緑など様々な色でできた綺麗な光。それは『♪』に寄り添うように宙を泳ぐ。

　萌はユウに対する気持ちがそのまま蛍に伝わってしまったのだと気づいた。ユウはどう思っているのか。そもそも気づいているのか。焦りと困惑のなか、ユウの顔をおそるおそる見る。
　彼の顔が少しだけ赤くなっている気がした。それが照れているのか、恥ずかしいのかは分からない。次の瞬間にはヘッドフォンを付け直して『♪』の数を増やした。
　しかし立ち去る素振りはない。萌もその場から動かず蛍たちを眺める。

（そういえば蛍が光る理由って求愛行動で、主に飛び回っているのってオスなんだよね）

　小学校か中学校の理科で習った知識をふと思い出した。２人はそのまま蛍たちを眺めて過ごした。