月蛍苑へいらっしゃい｜リアクション

月蛍苑へいらっしゃい

●願い

　とある夜。
　恵御納夏朝は桜花寮の自室でくつろいでいた。少し外の風に当たろうとベランダに出ると、いつのまにか見知らぬ庭に居た。

（僕、桜花寮に居たはずじゃ……また神魂の影響、かな）

　夏朝は突然の事態にも関わらず落ち着いていた。ただここがどこなのか分からない。戸惑っていると、初老の女性が夏朝の近くへやってきた。女性はここが星ヶ丘にある邸宅の庭であること、それを一般開放していることなどを教えてくれた。

（良かった、ここは星ヶ丘なんだ）

　自分の知っている場所だと分かって胸をなでおろした。女性はゆっくりしていってね、と言い残して去っていった。

「せっかくだし、お庭の風景を楽しんでいこうかな」

　庭には多くの蛍が飛んでいて、鮮やかな光で景色を彩る。中央には大きな池があり、月が映りこんでいる。

（猫さんいたらいいな）

　そんな風に思いながら歩いていると、蛍が猫っぽい光になる。どうやらここの蛍たちは夏朝が想像した形に反応するらしい。夏朝が色んな猫を思い浮かべると、その猫が蛍の光で生まれていく。

（……夏夜ちゃんとも、一緒に並んで見たかったな）

　夏夜は、夏朝にとって大切な別人格。
　すると蛍たちが夏朝と瓜二つの形を光で再現する。気を遣ってくれたのか、それとも気持ちを汲み取ったのか。それが本当は蛍たちで夏夜自身でないことは夏朝も分かっている。けれど、それでも嬉しかった。
　蛍たちと一緒に夜空に浮かぶ月を見上げる。

（いつの日か、夏夜ちゃんと一緒に並べる日々がくるといいな……）

　普通も平穏も壊さず、叶えたい。それがたとえ、ただ時が流れて、普通に過ぎ去る日々であっても。夏朝はふっと視線を月から池に移した。

（フツウを壊す存在が叶えるって誘惑しても、お断り）
（普通を生きる皆やフツウを死守する皆を嘲笑うような存在に、大切な願いを叶えられることは、災厄以外の何物でもないから）
（害為すものを食いちぎってでも……己が爆ぜてでも……嘲笑うような存在は……）

　不意に１匹の蛍が夏朝の目の前を横切る。夏朝はハッと気づいて視線を上げた。

（……ごめんね、蛍さん達。こういう考えはよくないね）

　綺麗な庭に相応しくない考えを、首を振って、振り払おうとする。小さく深呼吸すると、再び月を見上げた。

（今はただ、星空に思いを馳せていよう。いい結果を迎えて『めでたし』ってことで、未来へ進めるように……）

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