セピア幻想異聞録：No.2「雪女」｜リアクション

セピア幻想異聞録：No.2「雪女」

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　休日だったこともあり、三宅葉月は久しぶりに喫茶『セピア』へと続く道を歩いていた。七月も中旬となり、猛暑日が続く中。もうじきに『セピア』が見えてくるころになって、頬をひやりとした風が撫でた。そして、鼓膜を打つ聞き覚えのある声。
「依菜里ちゃんが出ていってしまったって、本当ですか？」
　葉月が視線を向けると、『セピア』の前で綾辻綾花と、雇われ店長の鎮目悠弥がなにやら話しこんでいた。
「ええ。お恥ずかしい話ですが、僕には依菜里が怒った理由に確証がもてないんです。追いかけようにも、オヒョウさんを一人にするわけにはいきませんし……」
「それだったら、私が依菜里ちゃんをさがしてきます！　行きそうな場所に心当たりはありますか？」
「そうですね……」
　綾花の問いかけに対して心当たりをさがしているのだろう悠弥は、どうしてか、この時期には似つかわしくない、はんてんなどを着こんでいる。『セピア』の壁には、長期休業と書かれた貼り紙が見えた。

「こんにちは。また、何かあったのかしら？」

　違和を感じ取り、葉月は二人へと声をかけたのだった。

　　※

　そのころ。河島澪は、寝子島神社の駐車場に車を止め、植えられた木々の間を縫うように歩いていた。時々、立ち止まっては周囲を見渡しながら、ゆっくりと歩を進めていく。
　そうして、澪は、ついに捜し人を見つけ出した。
「かわいいお嬢さん、どうかしたのかな？　何か困っているなら協力するよ」
　神社の裏手でうずくまっていたのは、寝間着姿の少女――薬葉依菜里だったのである。

　さかのぼること、少し。車で旧市街地を通りがかった澪が、窓の外に見かけた人影。それは、靴もはかず、寝間着姿で歩く依菜里の姿だった。服の袖でしきりに顔を拭っている姿は、まるで泣いているように見えた。
　それが気がかりで、車を降り、その姿をさがしてみれば、案の定。ちょうど木の下で膝を抱えていた彼女は、泣きはらした目で澪を見あげた。
「……あのね、イナリのおうちにね、雪女がいるの」
「雪女？」
　突然の言葉に、澪は瞬きをする。
「それは、すずしそうだね」
　ところが、この反応が不服だったのか、依菜里はたちまち頬をふくらませた。
「すずしくなんかないもん。そんなレベルじゃないもん」
　そして、依菜里は鼻をすすりながら澪に語った。雪女がいるせいで店を開けられないのだということ、育てていた花が枯れてしまったということ、お気に入りのワンピースも着られないということ――
　依菜里の話を聞き、澪は口もとに手を当てた。
「つまり、そのオヒョウという雪女が居座っていて困っているんだね」
「うん……」
「それなら、僕が彼女を店の外に連れ出してあげよう」
「……それ、本当？」
「嘘なんてつかないさ」
　にこりと微笑んだ澪の言葉に、依菜里の表情が少し明るくなる。けれど、すぐにその表情は曇ってしまった。
「でも……まだ、帰りたくない」
　ぽつりと、依菜里が小さく呟いた、そのとき。

「依菜里ちゃん！」
「ここにいたのね」
「……アヤカ、ハヅキ」
　澪と依菜里の前に姿を見せたのは、先ほど悠弥から事情を聞いた綾花と葉月だった。依菜里のかたわらに膝をついたまま、澪が顔をあげる。
「二人とも、依菜里の知り合いかな？」
「はい。私たち、悠弥さんから依菜里ちゃんのことを聞いて、さがしにきたところで――」
　綾花が澪にうなずいてみせたとたん、ぱっと依菜里の表情が険しくなった。
「やだ！　イナリ、帰らないもん！」
「依菜里ちゃん？」
　きょとんと目を丸くさせた綾花とは反対に、葉月は静かにその場でかがんだ。
「でも、その格好で、ずっとここにいるわけにもいかないんじゃないかしら」
　翡翠を思わせるような深く澄んだ緑の瞳に覗きこまれ、依菜里はもごもごと口を動かす。
「そうだけど……まだ、帰りたくないんだもん」
　そこで、綾花が小さく手を打った。
「そうだ。それなら依菜里ちゃん、私の寮に来ない？　服も、私のを貸してあげられるし」
「……いいの？」
「もちろんだよ。喉も渇いたでしょう？　寮になら、冷たい麦茶もあるよ」
　綾花がにこにこと笑顔を見せれば、依菜里もまた、小さくうなずいた。すかざす、澪が口を開く。
「よし。そうと決まったら、僕が車で寮まで送ろう。依菜里は靴も履いていないようだから、怪我をしたらいけない」
「ありがとうございます！」
　勢いよく頭をさげる綾花のとなりで、葉月もまた、そっと頭をさげた。

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セピア幻想異聞録：No.2「雪女」

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