月夜に届く笑い声｜リアクション

月夜に届く笑い声

「すっかり遅くなってしまいました」
　宮祀智瑜は前のめりの姿で帰り道を急ぐ。登校時と同じ制服姿で背負った学生鞄が囃し立てるような音をさせた。
　程良い海からの風がほんのりと赤らんだ頬を撫でていく。隣接した寝子ヶ浜海浜公園に通り掛かっても、ゆるゆると風は吹いていた。
「キノコのお姉ちゃん」
「私のことですか？」
　ボブの髪に手を入れて声の方に振り返ると、公園内の道に四人の子供が期待感を膨らませた表情で立っていた。盆踊りの最中に抜け出してきたかのように全員が浴衣であった。そして例外なく、身体が透けて見える。
　紅一点、丸顔の女の子が弱々しい上目遣いで口を開いた。
「キノコのお姉ちゃん、わたし達と遊んでくれる？」
　悩む顔は僅かで智瑜はにっこりと微笑んだ。軽い足取りで子供達の前まで歩いて、その場にしゃがんだ。
「何して遊びたい？」
　四人の子供は顔を突き合わせて相談を始めた。坊主頭が鬼ごっこを口にした。透かさず女の子が反対する。舌打ちする男の子をなだめるようにして、眼鏡の子供が高鬼を提案。高いところに逃げて降りないくせに。鬼はやりたくないかなー。不満が続出して賛同は得られなかった。
　その様子を落ち着かない様子で見ていた智瑜が小さく手を上げた。
「だるまさんが転んだ、とかはどうかな？」
　子供達が瞬時に顔を向けた。おろおろとする智瑜を見て、いいよ、と朗らかに返した。
「もう少し早く返事をしてください。私がドキドキしますから」
「どんな感じの音がするのかな」
　坊主頭が智瑜の胸に耳を寄せる。その間に割り込んだ女の子が、ぶん殴るわよ、と声を荒げた。
「は、はい、それでは始めましょう。鬼はじゃんけんでいいよね」
「そんな感じでー、いいと思うよぉ」
　横線のような目の細い子供がゆっくりと言葉を返して、間もなく鬼が決まった。
「キノコのお姉ちゃん、じゃんけん弱すぎるよ」
「みんなが強いのかもね。そうそう、始める前に名前を教えて貰えますか」
　子供達は顔を見合わせた。リボン、坊主頭、眼鏡、のんびり、と名乗った。智瑜は髪型でキノコに決定した。
「なあ、キノコ。このくらいだよな」
　六メートルくらい離れたところから坊主頭が声を上げた。木の側に立っていた智瑜は両手で丸を作って見せる。子供達は「はじめの一歩」の声で前進して、だるまさんが転んだは始まった。
　智瑜は右腕を目隠しにして木の幹に寄り掛かる。
「だ～るま～さ～ん～が～転～ん～」
　間延びした言葉が途切れた。智瑜は顔だけを向ける。
「……リボンさん」
　智瑜の両足を抱え込んだ姿で、タッチ、した、とぎこちなく言った。頭の上のリボンが微かに震えている。
「楽しかったのに、少し悲しくもなったのですね」
　優しく語り掛けて振り返ると、智瑜は身を屈めて女の子を抱き締めた。近くまできていた男の子達にも、おいで、と手招きをした。
　子供達を両腕に抱えた智瑜は子守唄のような声で囁く。
「お姉ちゃんは、ううん、キノコはみんなと少しでも遊べて嬉しかったです」
　子供達の姿が薄れてゆく。ありがとう、と小さな声が集まった。

　智瑜は公園を出た。立ち止まって星空を眺める。
「これで良かったのですよね」
　智瑜の頬に一滴の星が流れた。

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