【海開き】賑やかな夏のはじまり｜リアクション

【海開き】賑やかな夏のはじまり

　ぬるぬるパン食い競争の舞台に北条冬華が姿を現した。気弱そうな笑みでスタート地点に待機していた。
「あれ、大丈夫なのか？」
　一目見た観客は不安に駆られた。全体に波及してゆく。
　冬華の黒いビキニの生地は極端に少ない。胸の突起が隠れているだけで大半の部分が露出していた。ボトムも同じ状態で、どちらも細い紐で結んであった。少しの衝撃で解けるような危うさを傍目に与えた。
「面白そうなイベントですね」
　ぶら下がっているパンを見て冬華は声を弾ませた。巨大な胸が連動した。
　その迫力に観客の声が消えた。奇妙な緊張感が静かに場を満たしてゆく。
「それではスタートラインに立ってください」
　店主の声を受けて全員が青い舞台に立ち並ぶ。
　冬華は内股になった。開いた両手に落ち着きがない。倒れないように努めた。
　観客は切ない声を漏らした。小さな黒い生地の中で巨大な膨らみが暴れている。繋ぎ目の紐が引き千切られる。そのような妄想が頭から離れない。
　血走った目となり、観客は冬華に注目した。
「スタートです！」
　参加者は行動を起こした。大半が転んだ。起き上がって慎重な動作に切り替える。
　冬華は立った状態で震えていた。一歩が踏み出せない。
「このままでは」
　他の参加者に目がいく。最下位になっていた。
　思い切って足を前に出す。瞬間、身体が後方に引っ張られた。冬華は尻餅を撞いた。回転は止まらず、仰向けとなった。衝撃で胸が激しく揺さぶられる。
　観客は瞬きを忘れて食い入るように見詰めた。
「手強いです」
　冬華は諦めなかった。両手をシートに突いて四つん這いの姿になる。後方にいた観客は、おー、と低い唸り声を上げた。胸に匹敵する二つの白い丸みはオイルに塗れ、プルプルと恥ずかしそうに震えていた。
　その姿勢から冬華は両手でシートを押して立ち上がる。やや背中を丸めた。僅かに膝を曲げるようにして歩いた。
「上手くできました」
　喜びに顔を綻ばせた直後に真横に倒れた。二の腕に挟まれた巨大な膨らみは前に押し出された。小さな生地に皺が寄る。際どい状態に観客の興奮は一気に引き上げられた。
「走ってー！」
「もっと動いて！」
「がんばります」
　微妙な応援に冬華は笑顔を見せる。起き上がってゆっくりとした前進を始める。転ぶことで要領を得たのか。パンのあるところまで辿り着いた。
　口を開いてパンを咥えようとした。横倒しとなった。全身がオイルに塗れる。艶めかしい姿で何度も挑戦した。
「滑って取れません」
　内股で座り込んだ姿で愚痴を零す。
　その時、別の物が取れた。度重なる転倒で紐が緩み、トップがはらりとシートに落ちた。
「いやあああ、見ないでください！」
　急いで拾い上げて胸に押し当てる。生地はあまりにも心細く、ほとんど隠れていなかった。
　冬華は羞恥に染まる顔で懸命に這いずった。舞台を降りると海に向かって走り出した。
　退場の際は観客の万雷の拍手を受けた。ブラボーと叫ぶ者もいた。
「何がですかー」
　泣きそうな顔で冬華は海に飛び込んだ。海中でトップを着け直し、ようやく落ち着きを取り戻した。
「うぅ、酷い目に遭いました」
　恨めしそうな目を砂浜に向けて、しばらくは海の中を漂っていた。