時間よ、止まれ！｜リアクション

時間よ、止まれ！

○仙藤紫の場合

　寝子島スポーツセンター、屋内プール。
　今日は木天蓼大学の水泳サークルの練習日だ。
　寝子高で水泳部だった紫は大学でも水泳を続けていた。
　特に目標を定めないゆるい活動だが、泳ぐことが楽しかった。
　美形で肌も綺麗な紫が優雅に泳ぐさまは、マーメイドのようだった。

　練習時間が終わりに近づいたのでプールサイドに上がると、妙に周囲が静まり返ってしんとしている。
「？」
　不思議に思って面を上げると、みな静物画か写真のようにその場に固定されて動かなかった。
　飛び込みの最中で止まっていたり、水しぶきが上がったところで固まったりしている。
「何なのこれ……これも神魂のせい？」
　あたりを見回しても、動いているのは紫だけで他のものが動き出す気配はなかった。
（時が完全に止まったかのような……あるいは、自分一人だけ時の流れの外側に出てしまったのかしら？）
　冷静で理知的な紫は慌てなかった。
「ちょうど練習も終わりだし、少し早めに外を出ても構わないわね」
　どんなことがあろうと自分のペースを崩さない紫。
（神魂の仕業なら、しばらくしたらまた時は動き出すでしょう）
　そう思った紫は、服を着替えてセンターの外へ出た。

　街もセンター内部と同様に、何もかもが静止している。
　人々の営みの瞬間が切り取られたかのようで、写真の中の世界を歩いているような気がした。
（この世界で唯一動ける私は、世界の支配者？）
　ふとそんな考えが頭をよぎった。
　だがすぐに、まさか、と頭を振った。
　時間を制御できない支配者なんて馬鹿げてる。
「私の意志で時間を止めたんじゃなくて、神様の気まぐれで時が止まっただけ。ただそれだけのことよ」
　そんなことを思いながら紫は、暫し一人の時間を満喫することにした。

「泳いだらおなかがすいたけど、買い物はどうしようかしら」　
（飲み物は自動販売機でいいとして、食べ物は？）
　迷った紫だが。
「お金をおいてコンビニの品物をもらっていけばいいかしら？」
　イートインスペースに空きがあった。
　そこで止まっている人を見て、紫は考える。
（この人立ち上がりかけてるわね。表情は嬉しそう。視線は……あ、向こうにで手を上げてるのは友達かしら、この人を見てる）
　止まっている人たちを観察して、何をしようとしているのか、何を考えているのか推測する。
　専攻する心理学の研究にはちょうどよさそうだった。

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