天神平薬局では、現在新商品の開発中であった。
　今回の新商品はECC（ヨーロピアン・カルチャーセンター）というお店とのコラボ商品なのだ。

　商品名は栄養食品E-ten。エーテンと読むこの商品のキャッチフレーズは「本物の味と本物の栄養」である。
　ECCの関係者であるアリシア・エーゼルベルクと天神平薬局の店長である天神平 庵が仲が良い事から誕生した商品という事になる。

「まずい飴チャレンジとかやってたうちの店にしては珍しく常識的な内容よね」
「……天神平さん、そんな事をしてたんですか？」
「あっはっはっー。うんまぁ、たまにね？　何かリアクション芸を発表する会場みたいになってたっけなー。あ、いやほら、完食した人には石鹸上げてたし？」

　果たして石鹸程度で釣り合いは取れているのだろうかとアリシアは考える。だが、既に行われた過去は変えれないので意識の隅に追いやる事にしたようだ。

「それにしてもさすが、いいとこのお嬢様。あたしじゃ手に入らないようなネットワークがあって助かるわ」
「ふふ。このE-tenは私としても中々満足のいく出来になっています」

　コラボ商品E-ten。この商品を開発するに当って素材調達をアリシアが担当し、調合を庵が担当している。
　E-tenには「熟成チーズ味」と「濃厚抹茶味」の二種類があるのだが、「熟成チーズ味」の方は、アリシアの実家であるエーゼルベルク家の分家であるスイスの親戚からエメンタールチーズを取り寄せている。
　このエメンタールチーズはフォンデュなどでよく使われる物で、木の実に似た香ばしい独特の芳香が楽しめる。

　そして、「濃厚抹茶味」の方は、ECCのお得意様である静岡にあるお茶屋さんから抹茶を取り寄せたのだ。
　抹茶味は、世界に羽ばたく日本のMatchaということで、渋いながらも味がある逸品となっており、開発途中の段階から悪くない感触だったのだ。

「いくら技術があっても、自分の知らない味は作れないからねぇ。ありがとね、アリシア」
「いえ。こちらこそ良い経験をさせて頂きましたから」
「味はバッチリ再現できたから、あとは一般向けの試食会だ。天神平薬局で試食会やろう」
「はい。きっと好評を頂けると思います」



「遠藤。ちょっと寄って帰りたいところあるんだけど良いか？」
「ん？　いや、それは良いけどどこに？」
「天神平薬局さ」

　自転車に乗って気軽そうに会話をしているのは八神 修と遠藤 健の二人。
　彼らは耳福池付近で遊んでの帰り道であった。ボートに乗ったり、辺でバトミントンしたりとアウトドアを満喫したようである。
　だが、目一杯遊んで普段使わない筋肉も使ったので、恐らくは明日以降筋肉痛に襲われるのではないかと修は考えていた。

「多分明日あたりピキピキくると思うんだよね、特に腕とか」
「あぁ、確かになぁ」
「他にも足もクルかも。このままじゃ生まれたての子鹿みたいになっちゃう」
「ほう。……ブッハッ」

　健の脳裏に浮かぶは生まれたての子鹿のように内股になって震えている修の姿。
　思わす浮かんでしまったイメージだが、かなり面白かったようで即腹筋崩壊していた。

　さて、ここで彼らが向かおうとしている天神平薬局とはどんなお店なのか。
　まずはその名の通りに薬局だ。但し、フツウの薬からフツウじゃない薬まで扱うらしい。
　猫好きの修は時折ここで濃縮マタタビエキスなるものを買う事もあると健に説明をしている。

「その他にも自白剤とかあったような気がするなぁ」
「いやまて。それ良いのか？　法に触れてないか？　大丈夫なのか？」
「うんまぁ。売ってるんだから大丈夫じゃないか？　……多分」

　店長は天神平 庵という女性で、彼女が店の様々な薬を作っているとの事。当然、フツウじゃない方の薬も彼女産という事になるだろう。
　本当に大丈夫なのかなぁと健は一抹の不安を抱えつつも、その店へと自転車を漕いで向かうのであった。



「おー。何か結構人いるけど、薬局ってこんなに人集まるものだっけ？」
「いや、明らかに普段よりもお客さんが多いな。何だろう？」

　健が疑問を口にすると、この店に来た事のある修が普段とは違う様子であると答える。
　そして、二人の疑問は直ぐに氷解する事となった。何故なら、中の様子が直ぐに見えたからだ。

「いらっしゃいませー。こちらヨーロピアン・カルチャーセンターと天神平薬局のコラボ新商品E-tenでーす。本日ご来店頂きましたお客様には無料で配布をさせて頂いていまーす」

　明るいセミロングの金髪の少女―アリシアが来店客に何かを配っているのが修と健にも見えた。

「ん？　これもしかして新商品のプレゼンか何かかな？」

　と、修が言うと健も貼ってある告知物へと目を向けて内容を読んでいく。

「えーと……。コラボ新商品E-ten、だってさ。固形の栄養食品みたいだな」
「へぇ。熟成チーズ味と濃厚抹茶味があるんだってさ。遠藤、俺らも食べてみるか？」
「ふむ。確かに味は気になるな。貰ってみるか。すみませーん、俺らも貰って良いですか」

　人と人の間をすり抜けて何とか辿り着つく二人。

「はい、勿論です。お二人様ですね。でしたら、別々の味の物をお渡ししますので、宜しければ味の食べ比べをしてみてくださいね」
「ありがとうございます」

　朗らかな笑顔と共に修と健にそれぞれ別々に味のE-tenを渡すアリシア。
　さりげない気遣いが出来るところは流石と言わざるを得ないだろう。
　そして、アリシアに礼を言った後、修と健の2人は他の人の邪魔にならないように隅の方へ移動してから早速E-tenを口にする。

「お！　熟成チーズ味、中々美味い！」
「濃厚抹茶味の方も悪くないぞ、八神」

　食べてみてビックリとは正にこの事だろうか。その味は二人の予想以上にちゃんとしたものであったようだ。

「おっ、けっこう人が来てるわ。どっちの味も好評みたいね。良かった良かった」

　すると、そんな独り言が修と健の耳へと聞こえてくる。
　その声は修には聞き覚えがあったので、それを確かめるように振り向くとそこには修の予想通りの人物がいた。

「天神平さん、こんにちは」
「おや、八神君。いらっしゃい」
「あ、遠藤。こちら、この薬局の店長さんの天神平 庵さん。俺の友人の遠藤です」
「どうも、初めまして。遠藤 健です」
「うん、よろしくね。今日はどうしたんだい？」

　庵に今日この薬局を訪れた理由を説明する修。それを聞いて、庵は納得するように一つ頷く。

「あ、それと筋肉痛対策とは別に目薬も欲しいかな。スーッとしてシャッキリする疲れ目用のを。何時間も机に向うから欲しくなるんですよね」
「ふむ。それで筋肉痛対策のは無臭タイプが良いと。なら、目薬はハード刺激のこれ、筋肉痛対策は無臭タイプのこれがオーダーに合うかな」

　修の要望を聞いてから、即座に要望にあった商品を出してくる庵。この辺りは薬局の店長の面目躍如といったところだろうか。

「じゃあ、俺はそれで。遠藤は何かいるものあるのか？」
「うーん、そうだなぁ。俺も筋肉痛用に何か買っておこうかな？　普段はあまり使わないんだけど」
「ふむ。あまり使った事がないとなると……。そうだな、この辺りがおススメかな。これらで効き目が薄いようならまた別のにした方が良いだろうね」
「あ、これは俺が使った事あるよ。効き目自体は中々だったと思う」

　再び庵が出してきた商品の一個一個手に取って庵や修から説明を受ける健。彼はあまり普段は薬といったものには頼らないようだ。

「……ところで、店長さん」
「何だい？」
「何かハッピーになれる薬とかってあるんですけど」
「うんあるね。いやいや、あれだ。全く持って合法だからね？」

　果たして本当に大丈夫なのだろうか。健は買うが買うまで不安になりながら商品を選ぶのであった。
　しかし、その摩訶不思議な様々な商品が気になり、時折ここに通うようになる事を今の健はまだ知らない。