寝子島のお店｜リアクション

寝子島のお店

　楡宮遠海は自他共に認める超絶方向音痴である。
　毎日のように通るシーサイドタウン駅から寝子高への道は流石に迷う事はなくなったが、それを少しでも外れれば途端に心許なくなる程だ。

　そんな遠海は軽音楽部での部活動が終了した後、帰宅の途に着いていたのだが本当はシーサイドタウン駅に向かい、そこからねこでんで本土の鎌倉の自宅へ帰るはずが、迷いに迷ってしまっていた。
　季節は夏真っ只中。当然夕方になっても暑さは中々下がる事がない。そんな中、ショルダーキーボード入りのケースを背負って歩き回った遠海は流石に消耗をしていた。

「うぅ、迷っちゃった……。ここ、どこ？」

　消耗している故にか呟く言葉にもどことなく覇気がない。
　時計はすでに午後6時を指している。遠海はいつのまにやら旧市街の参道商店街に迷い込んでしまっているようだ。
　何時間も迷い続けた遠海のお腹がぐーと鳴る。かなりお腹が空いているようで、余りの空腹に頭がおかしくなりそうだと彼女は感じていた。

「んぅ！　こ、これは……。魚介系のスープの匂い！」

　と、そこに遠海の食欲中枢を刺激する匂いがどこからともなく漂ってくる。その匂いが一体何であるのか。それを今の彼女の鼻は正確に分析していた。
　その香りに誘われるがままに歩いていくと、そこにあったのは「猫島軒」である。
　あぁ、この香りは魚介系を用いたラーメンの匂いだったのかと遠海は瞬時に納得する。納得し、そのまま香りという悪魔の誘惑に誘われるがままガラッと引き戸を開けて店内へ入っていく。
　今の空腹状態の遠海にこのラーメン屋に入らないという選択肢はない。寧ろ、この強烈な空腹を今は満足させる事しか考えていなかったのだ。

「えーと……。まずは冷やし中華から、かな」

　カウンター席についた遠海はメニュー表を一通り眺めた後でそう呟く。
　まずは、という言葉通り遠海はこれだけで終えるつもりはなかった。冷やし中華は暑い中歩き回って熱を持った自らの身体を冷やす為の物に過ぎないのだ。

　注文してからそこまで待たずに冷やし中華が遠海の前に並べられた。
　割り箸を持ち、麺にたれを絡ませていざ口の中へ。
　柔らかい麺が酸味と甘さを感じるたれと共に入って来る。感じるごま油の香りがますます遠海の食欲を促進させ、冷やし中華はあっという間になくなった。

「次に餃子、チャーハン、ゴーヤチャンプルラーメン、にしよう」

　冷やし中華を食べて満足するどころか更に食欲が出て来たという雰囲気の遠海。因みにゴーヤチャンプルラーメンは新しいコラボ商品である。
　先程とは違い湯気が出ている食べ物が三つ遠海の前に並ぶ。ラーメン屋と言えばやはり定番はこのラーメン、チャーハン、餃子というセットであろう。

　ゴーヤチャンプルラーメンは店の前で感じた香りである魚介系の出汁がしっかりと利いた味をしており、且つ割とさっぱりしているとあってとても食べ易いと遠海には感じられた。
　チャーハンもパラパラしたご飯と具材がしっかりと絡み合っているし、餃子もとても美味しい味だ。
　だからか、このセットもあっという間になくなってしまった。ラーメンもチャーハンも全て大盛りであったというのにだ。

　その後、遠海は人気メニューである寝子島ラーメンの大盛りを頼み、更にはデザートに杏仁豆腐まで頼んだ事で店内で密かに注目を集めていたのだが、食べる事に夢中であった彼女は気付いていなかった。
　そして、満足した遠海がちゃんと家にたどり着いたのかどうかはまた別のお話である。

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