せんせいといっしょ：吉田先生編｜リアクション

せんせいといっしょ：吉田先生編

○朝練の前に

　羽生碧南は、朝一番で寝子高へ登校した。
「朝練が始まる前にさっさと体育委員としての仕事を終わらせてしまおう」
　朝練が始まる前なので、普段はなにかしら賑わっているグラウンドも静まり返っている様子だ。
　だが、委員会室へ向かって歩いていると。
　ドスーン、ドスーン。
「え、なにかな……」
　響いてくる音に驚いたが、とりあえず委員会の用事を済ませることを優先する。
　用事は十分ほどで終わったが、その間も「ドスーン」という音が響き続けていた。
「やっぱり気になる……」
　音のした方角へ向かうと。
（え、熊……じゃない、吉田先生）
　ジャージ姿の吉田熊吉先生が四股を踏んでいた。
　思わず見入ってしまう碧南。
「ん、羽生か、どうした？」
　やがて稽古を終えた先生が、こちらに気付いた。
「おはようございます」
　挨拶をすると、先生は何か思い出した顔をした。
「実家のほうはどうだ？　困ったことはないか？」
　先生は碧南の家の事情を知っていたようだ。
「あ……一時は高校出たら就職する気でいましたけど、経済状況は好転しました、けど……」
「けど？」
「あ、大丈夫です。私と直接関係がある話じゃないし……それよりも、先生、ずいぶん気合入ってますね。大会でもあるんですか？」
人懐っこくておしゃべりな碧南だが、火事を発端とした祖父との同居話で父と伯父の間がこじれていることは曖昧にごまかした。
「ああ、生徒にだけ頑張らせるわけにはいかんからな。機会があればこうして鍛錬しとる。羽生は相撲に興味があるのか？」　
「先生の張り手は強烈そうですよねー」
「張り手は目立つが、相撲の基本は足腰だ。日々の地道な鍛錬があって初めて取り組みで結果を出せるのだ」
　闘争心が強そうには見えない碧南だが、ひとたびコートに立つと性格も表情も変わり、「戦う女」になる。
　それは相撲にも通じるところがあるかもしれない。
　碧南と先生は相撲の話で熱く盛り上がった。
「あ、もうこんな時間。失礼します」
「おう、頑張れよ」
　気が付けば朝練の時間が間近で、慌てて碧南は体育館へ向かう。
　その視界の隅に、ランドセルをしょった女の子が見えた気がしたが……

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