せんせいといっしょ：泉先生編｜リアクション

せんせいといっしょ：泉先生編

　仕事がオフだった加瀬礼二もまた、パンフレットを購入し、ゆっくりと美術展を回っていた。洗練された私服姿はそれだけでも彼をスマートに見せる。ここへ来る途中若い女性に声をかけられたりもしたが、そこは笑顔で丁寧に、それでいて失礼の無いようにかわしていた。
（さすがに、こういった場所で騒ぐ人はいませんよね）
　もし、騒ぐような寝子高生が入れば窘めようと考えた礼二であったが、幸いそんな人はいなかった。内心安堵しつつ、パンフレットを片手にゆっくり巡る。
　特に油彩画が気になっていた礼二が特に気になった作品を見ていると、いつのまにか竜次がそばにいた。挨拶もそこそこに、２人で静かにその絵と向き合う。
「先生は、どんな絵がお好きなんですか？」
「どんな物だとおもうか？」
　礼二の問いかけに、竜次が楽しげに問う。あたりを見渡し、そして目の前の絵を見、礼二は少し考えてから、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「在り来りではありますが、心が篭った物でしょうか？」
　その答えに、竜次は小さく笑う。
「それも正解かな」
　「それも」という事は他にもあるんだな、と絵を見ながら礼二は頷く。今の自分にはよく解らない事だが……。
「ヒントはこの中に隠れている」
　竜次は、絵を見続けながら言った。
　夕暮れの海を描いたその絵は静かに礼二を見つめ返す。波がただ静かに繰り返す様を丁寧に描いたその油彩画は、少しばかり淋しい印象を持つ。暫くの間、礼二は担任と一緒に、その絵を見ながら考察を巡らせるのだった。
　なお、竜次が過去にどんな作品を手がけたのか、という問いには、少しくすっ、と笑って「色々やったな」と遠い目をしたのだった。

　会場で竜次と出会った雨寺凛は、芸術展を教えてくれた事に対する礼を述べ、一緒に回りたい、と申し出た。それに、竜次も応じ、しばし２人で作品を見てみる。
「そういえば確か先生のお教え子さんの作品も展示されてるんですよね」
「ああ。幾つか出ているぞ」
　竜次が瞳を細めて答えた時、凛はヨットハーバーの水彩画を見つけた。彼女がこれもそうなのか、と問えば竜次は１つ頷く。
（こっちもかな？）
　そう言って見つけたのは、寝子島の風景を描いた水彩画だった。話を聞けば、これもまた竜次の教え子の作品だという。綺麗、と見とれながら思ったのは、これが見慣れて来た風景である事だ。
　高校入学とともに寝子島へやって来た凛は、漸くこの風景が「フツウ」のようの思えてきた。けれども、竜次はきっと、長い事この風景をみているのだろうな、と静かに目を細める。
「さすがに、寝子島出身の先生と比べれば私はまだまだ寝子島初心者ですね」
「だが、初心者だからこそ、俺達も気づかない『発見』があったりするんじゃないか？」
　あはは、と笑えば竜次が楽しげに１つウインク。凛は放たれた言葉にキョトンとしながらも、そうなのかな、と内心で首をかしげる。
　あちこちに展示される色んな作品を見ながら、凛の心は弾んでいく。彼女は、作品に込められた『魂』を感じながら、その黒い瞳を輝かせた。素敵な作品に出会えて、音楽へのモチベーションも上がってきているようだ。
（音楽も、絵も……ううん、それに限らず魂を込めて生み出した芸術って、人を動かすパワーを持ってるよね。こういうのが、先生の愛する『ロック』なのかな？）
　うまく言葉にできないけど……と思いながら１つ頷き竜次の方を向けば、彼もまたにっ、と笑う。何か同じ想いでつながったような感覚を凛は覚え、嬉しくなった。
「私は私の信じた『ロック』を貫いていこうと思います！　ここにある絵のように全力で魂を込めた私の演奏で人の心を動かしたいです！」
　よろしくお願いします、と心を込めて頭を下げれば、軽音部の顧問は笑顔で頷く。
「ソウルフルな旋律を楽しみにしてるよ、雨寺」

このページにイラストを設定する