せんせいといっしょ：泉先生編｜リアクション

せんせいといっしょ：泉先生編

結：黄昏の部

　日が傾いて来た頃。日課としている神社へのお参りを済ませた晴海飛鳥は、会場に入るやいなや顔を綻ばせた。彼女はどうやら絵や美術品が好き、というより、会場の雰囲気が好きなようだった。
（今年も美術展がやって来たかぁ。　制服だと無料だし、行きやすいんだよね）
　そんな事を思いながらあちこちの美術品を見て回る。特に今年は何か面白い事があって欲しい、と思いつつも内心で「それは野暮なお願いかなぁ？」と自分を窘める。そうしていく内に、彼女は竜次と出くわした。
「泉先生ですか？　いやぁ、お久しぶりです」
「久しぶり、かな」
　普通科の生徒である為、あまり会わない教師ではあるが、飛鳥はにこっ、と挨拶。それに竜次も笑顔を返す。
　３月から怪我が原因で本土の病院に入院していた飛鳥は、５月に入りやっとこの島に戻ってきたので始業式・入学式共に参加できなかった。その為今竜次がどこのクラスを担当しているか、等近況をあまり把握していない。
「そういえば、先生。今年は１年生の担任ですか？」
「ああ」
　そんな問いかけに、柔和な笑みを返す竜次。それだけで、ああ、楽しいんだなと感じてしまう。ふと、顔を上げると眼鏡をかけた少年が、老婆にガイドをしている。その姿を見、「やるじゃないか」と呟けば、楽しげに笑う。
（担当クラスの生徒かな？）
　同じように見ていた晴海だが、竜次は帽子をかぶり直してそっと、
「十分楽しんでこい」
　と、軽く背中を叩いた。その声に「はい」と小さく答えた飛鳥は、改めて美術展を雰囲気ごと楽しもうと歩き始めた。

　少し高めのヒールと、ちょっと派手気味な装いで現れたのは、一見不機嫌そうに見える弘明寺能美子。彼女はさらり、と黒髪を揺らし、どこか落ち着かない様子で美術展を回っていた。
（別に、ちょっと部屋に飾る絵を選ぼうと思って来ただけだし……）
　内心でそう言いながらも、通りかかったのは作品に触れる事の出来るスペース。主に銅像や彫刻、焼き物などが並んでいた。そこでばったりと竜次に出くわした。
「き、奇遇ですね……先生」
「君も来ていたか。奇遇だな」
　そう、ぎこちなく挨拶しつつ派手な化粧や服装に何か言われるかと思いきや、竜次は少し考えながら彫刻を見ていた。自然と、能美子も並んで見つめる。本人は否定するだろうが、彼に諭されたり寝子島の住人としての姿を見ている内に、ほんのちょっぴり心を開きかけているようだった。
　最近、自分のろっこん『役立たずの逆さ時計』が古い物に反応しやすい事に気づいた能美子は『物』に触れる事を少し躊躇うようになった。先日も、古いしめ縄に触れた事で、彼女はその『思い』に飲み込まれかけた。そしてより古い物、そして物自体が持っている思いに触れるのが、怖いと感じてしまう。
「ぶっちゃけ、絵とか、芸術品って…そんなに好きじゃない」
　そう言いながら蘇る記憶。能美子は自然と手を握りしめており、竜次は敢えて問わず、静かに言葉を待っていた。
「なんか魂とか思いが乗り移っているから怖いじゃん」
「君は、心の感度が高いんだな」
　そんな言葉に、僅かに目を見開く。
「自分を、持て」
「は？」
「時間はある。落ち着いて向き合ってみる事だよ」
　竜次がウインクしてみせる。その仕草に、思わず笑顔がこぼれそうになる。何故だろう、よくわからないけれど、ストレートな思いを感じる事ができた。

このページにイラストを設定する