噂の黒電話｜リアクション

噂の黒電話

●少女の声

　八神修は桜花寮で生活する友人の部屋を出た。すると寮の出口で七夜あおいに出会った。

「あおい」
「あ、修くん」
「どこからの帰り？」
「学校だよ」

　軽い雑談を楽しげに交わす２人。すると２人の耳に突然電話の音が聞こえた。音の出所を探そうと修は周囲を見回す。すると見慣れない黒電話があった。

（あんなの置いてあったっけ……）

　電話の音は止む気配が無い。２人は警戒しながらそれに近づく。

「待ってあおい。取るのは待ってくれ」

　修はあおいにそう声をかけると電話を前に立ち尽くす。

「この世ならざる場所からだとして、誰かからの……」

　助けを求めるコールかもしれない。修が言わんとすることにあおいは気づいた。修は少し考えると、こう切り出した。

「一緒にとろう」

　あおいとしっかり目を合わせて頷くと受話器を取った。
　耳を澄ませると、女の子の怯えた啜り泣きと嗚咽、何かの棒を硬いものへ叩きつける音、強い足音が聞こえた。

『助けて……』

　その言葉と同時に２人の意識が暗転した。

　２人が目を覚ますと古めかしい町並みが広がっていた。道行く人々は皆同じような服を着ている。修はその服を教科書で見た気がした。先ほど聞いた嗚咽も足音も不思議と聞こえる。

（ここは現実ではない空間だ。女の子の心が生んだのか。なにかに囚われているのか……）

　女の子を見つけ出そうと走り出す２人。嗚咽や足音を頼りに進むと、視線の先に少女を見つけた。しかし安堵する間もなく、木刀を持った存在が現れた。それを地面へ叩きつけながら近づいてくる。修は少女を抱えて駆け出す。あおいを気にかけつつ、後方に目をやる。

（この世の者ではない追っ手だ……けど協力してこの子を助けよう）

　それから必死に逃げ続け、たどり着いたのは神社の境内。少女を降ろすと修は息を整える。その横であおいは少女を宥めている。事情を聞くと疎開先のおじさんにひどい目に合わされていること、自分の家に帰りたいことを話してくれた。
　よく見ると少女の体に痛々しい傷がいくつも見える。ひどい黒痣も出来ていた。このままでは少女は殺されると修たちは察した。

（助けたい……）

　気づけば２人は少女をぎゅっと抱きしめていた。すると耳に届いたのは、こちらへ来るときに聞いた、あの電話の音。

「あの音の先だ、行こう。帰ろう」

　少女を抱きしめたまま、２人の意識が遠のいた。

　気づくと修は自宅近くにいた。
　桜花寮の出口付近に居たはずだが、これも黒電話の影響だろうか。首をかしげつつ修は帰宅した。あおいに電話をかけると、どうやら彼女も桜花寮の自室近くで目を覚ましたという。それから明日の予定や天気の話題といった、他愛ないことを話して通話を終えた。
　修は仰向けに寝ると天井を見上げた。

「あの子は……きっと家に帰れたよな」

　こちらへ戻ったときの修やあおいのように。修はそうあってほしいと静かに願った。

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