フジコ・エルアモールのエンジェルセラピールーム｜リアクション

フジコ・エルアモールのエンジェルセラピールーム

　セラピー受講者：古苗木美姫

　古苗木美姫、１９歳。
　女子大生。周りからよく温室育ちと言われる。
　アルバイト先は、コンビニエンスストアの『ネコンビ』。

　美姫はこの日、体調不良で初めて授業を早退した。アルバイトの夜勤の疲れもあるが、近頃、不眠症ぎみなのである。ベッドに入ってもなんだか寝付けない。ため息が出て何度も時計を確認し、寝がえりを打つ。気が付くとカーテンの隙間から朝日が差し込んでいて、仕方なく起きる。今朝なんて顔を洗って、鏡を見ると、目の下にくまが出来ていて、さすがに自分でもこのままじゃいけないと思い内科を予約――したつもりだった。

「……ええと……愛の伝道師で、天使……様？」
　内科だと思って開いたドアの向こうにいたのは、オネエな天使様だった。
　思わず眼鏡を外し、またかけなおす。目の前の光景は何も変わらない。
「先生、間違えていません？」
「あは～ん、いいから座って。今日はどんな相談かしら」
「は、はあ……」
　最近の白衣は、天使仕様になったのかしら？
　そんなことをぼんやり思いながら椅子に座って現状を話す。
「実は、ずっと一人のことを考えちゃって寝付けないんです」
「一人のことを？　その人のこと、もう少し詳しく話してみて」
「ええと……その人は大学の先輩にあたる男性なんです。大学で知っていましたし、アルバイト先にもよく来てくれます。ただ、不思議な事件のあとから、会うたびにいつも胸の中が熱を帯びていくような不思議な感覚におそわれるんです」
「あら～ん。いいわ～ん。それでそれで？」
　フジコという名の先生（？）はくねくねと身を捩らせる。
「それで……夢の中にも出てくれたんですよ。ただ……」
「何かあったの？」
「他の女性を追いかけていて……その夜は夢から目覚めたあと、ずっと眠れませんでした」
　しょんぼりと肩を落とす美姫の肩を、天使は優しく抱いてくれる。
「それは悲しかったわね」
「先生。思い違いでなければ、これが恋とよべるものでしょうか？」
　すると彼（彼女？）はにっこりと頷いた。
「そうね」
「でも、誰かを恋することが、こんなに苦しいなんて……恋って楽しくて甘酸っぱいものじゃないんですか？」
「んふふ。あなたの症状は、『恋患い』と呼ばれるもの。シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』しかり、夏目漱石の『三四郎』しかり、恋は甘く切なく苦しいもの。けれど、恋は人生を輝かせ、豊かにしてくれるものでもあるわ」
「わたしは一体どうしたらいいんでしょう」
「今は苦しくって当たりまえ。けれどこのままじゃ体を壊しちゃうから、まず必要なものは『睡眠』ね。眠れないなら寝る前にハーブティを飲んだり深呼吸をしたり工夫してみて。それと、一番大切なことは――」
　先生は美姫の眼鏡にくっつきそうなぐらい顔を寄せて、囁くように言った。
「『夏までに告白すること』」
「告白……ですか。わたしにできますかね」
「できるか、じゃなく、やるの。上手くいくかどうかなんて考えちゃダメ。あなたの心が求めることを、ただ、するのよ」
「わ、わかりました」

　迫力に圧倒された、というのは確かにあるのだけれど先生の言うことは一理あるような気がした。
　今の苦しい気持ちから解放されるには、それしかないのかもしれない。
　部屋を出たあと、美姫は自分に言い聞かせた。
「うん。夏までに一歩、がんばってみよう」

（※個人の感想です）

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