フジコ・エルアモールのエンジェルセラピールーム｜リアクション

フジコ・エルアモールのエンジェルセラピールーム

　セラピー受講者：深倉理紗子

　深倉理紗子、２８歳。
　寝子島総合病院勤務、内科医。
　努力家で優しい反面、気が弱く神経質なところもあり、緊張の糸が切れるとぷっつり倒れて涙が止まらなくなってしまうような女性である。命と向き合う職業柄、多忙で激務。気の休まることがない日々だ。
「はぁ」
　歩いているだけでもため息が出てしまうようなそんな休日の午後。
　所用からの帰宅の途中で、その店を見つけた。
「……エンジェルセラピールーム？」
　こんなところにこんな店あったっけ？
　思わず首を傾げる。人の記憶とは曖昧なもので、見ているようで見ていない。見えているのに記憶に残らないなんてことはざらだ。ずっとそこにあっても、自分に関係ないと思えば見ずにやり過ごしてしまうことがけっこうある。
　今までは気に留まらなかったその店の前で立ち止まってしまったのは、心が疲れていたからだろうと思う。
　理紗子は、なんとなくその店のドアを押した。
「あは～ん、いらっしゃい。待ってたわよ～ん」
　如何にもなオネエな声にびくっとする。
　白を基調とした部屋の真ん中に、天使の恰好をしたヒゲのオネエがいて、くねくねしている。
　間違って入ってしまった……。
　理紗子は及び腰になってドアにしがみついた。
「そんなにびっくりしなくても大丈夫。何も取って喰いやしないわよ～ん。あなた、悩みがあるんでしょう？　このフジコ・エルアモールに話してごらんなさい」
　フジコの存在感に圧倒されて引き返すこともできず、理紗子は勧められるがままに椅子に掛ける。
「悩み事……」
　悩みならいくらでもある。
「医師になったけれど、目の前の仕事に追われてばかり。気が弱く、小心者で、ヘタレで、後ろ向きで、些細な事でもすぐに傷付いて。いつまでも過去のことを引きずって……」
「どうぞ、続けて？」
　促され、理紗子は話し始めた。
　家族もみな優秀だった。頑張っても頑張っても比べられて叱責され、そのうち、誰も何も言わなくても、誰かと比べて駄目だと考えるのが癖になってしまった。そして、亡くなった姉。自分よりずっと優秀だった人。死んでしまった人には太刀打ちできない。
「なんだかもう、自分が嫌になっちゃった。私……自分自身に愛想が尽きかけてるんです……」
「そう……辛いのね。誰かと比べてもっと頑張らなければいけないって自分を傷つけ続けるのが」
　小さく頷く。
　愚痴っているだけ。
　自分でもそう思う。
　解決策なんて期待していない。
　涙が出てくる。
「いいのよ、お泣きなさい。この愛の伝道師、フジコ・エルアモールがあなたを愛で包んであげるわ」

　ひとしきり泣いてバツが悪くなって、セラピールームを出た。
　何故か空がきれいに見えた。
　心が軽くなった気がして振り返ったけど、もうエンジェルセラピールームの看板は見つけられなかった。
　街中だけど狐に化かされたのかしら？
　そうだったとしてもかまわない、と思った。
「……ありがとう。明日からまた頑張れそう」

（※個人の感想です）

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