『カフェ・フル』でティータイムを｜リアクション

『カフェ・フル』でティータイムを

たまたま散歩で通りかかった『カフェ・フル』の看板に目が止まり、柊真斗は立ち止まった。なんとなく、気になったのだ。
　店のドアを開けて中へ入ると、そこは、
「本屋、さん？」
　四方を囲む壁沿いに天井に届くほどの本棚が設けられていた。当然、そこには様々な本が並んでいる。文庫サイズから新書サイズまで。種類なら小説から図鑑、歴史書までと幅広い。
「あ、やっぱりカフェみたいですね」
　巨大本棚があるとはいえ、この空間にはいくつかのイスやテーブルが並んでおり、奥にはカウンター席もある。各テーブルに置かれているメニュー表にはお菓子やケーキの写真が載っていた。
「ん？」
　真斗は入り口の近くにミニ黒板の立て札に視線を向けた。内容は次の通り。
『読みたい本を選んで下さい。それからご注文を承ります　店長より』
　どうやら、『カフェ・フル』は読書が出来るカフェらしい。
　真斗は密かに心を躍らせて本棚を見渡した。
「これだけたくさんの本があると、どれを読もうか迷います」
　真斗は少し考えて、
「ミステリー、にしますか」
　なんとなくそんな気分なのだ。真斗はミステリーの本が並ぶ棚の前へと足を進めた。
　タイトルだけでは決められず、ランダムに選ぶことにした。目を閉じ、背表紙に手を当てて、それを辿りながら気になったところで止める。
　選ばれたのは一番上の棚にあるとある本。
『スイーツ屋敷での殺意』だった。ジャンルはミステリーで間違いない。
　近くにあった梯子にのぼってその本を手にする。
「これにしますか」
　真斗は一人頷いて、テーブル席へとつき、メニューを開いた。
「いらっしゃいませ～」
　タイミングを見計らったようにやって来たのは小学生の女の子だった。お盆に水のグラスが乗せられている。
「さ、どうぞ～。決まったら呼んでくださいな」
　胸元のネームプレートへ視線を向けると、『店長　メイ』と表記されていた。
　どうやら彼女がここの店長らしい。
「店長さんのおすすめはなんですか？」
「え～？　わたしの？」
　真斗が頷くと、メイは少し考えて、
「チョコブラウニーなんてどうかな～？　うちのは固めだから、ぽろぽろこぼれたりしないし、小さくカットするから、食べやすいよ」
「なら、それでお願いします。ドリンクは合うもので」
「お待ちくださいませ～」
　奥へ戻っていくメイを見送り、真斗は本を開いた。
　読書を始めると、すぐに物語へ引こきまれて行った。店内のBGMはないに等しいが、カウンター奥から聞こえてくる微かな物音が心地良い。
　しばらくして、注文したものが運ばれてきた。
「チョコブラウニーと、紅茶のアールグレイ。ごゆっくり～」
　真斗は紅茶を一口。それから、ブロックのように積み上げられたブラウニーをフォークでさして、自分の口へ。
　濃厚なチョコレートの味が口いっぱいに広がる。
「ふぅ」
　紅茶のカップから立ち上る湯気を眺めつつ、真斗は再び本の世界へと戻ろうとしたのだが、
「あ」
少し離れた席にいた古尾桐子と目があってしまったのだ。真斗はすぐに視線をそらす。
「名前はわかりませんが、同級生ですね」
　クラスは違うが、廊下などですれ違う時など、賑やかな印象が強い女子だった。
「おーい、もしかして五年生っすよね？　学校で会ったことないッスか？　よかったらこっちで飲まないッスか？」
　予想通りお誘いがきた。
　真斗は仕方なく顔を上げる。
「……確かに五年生ですけど、今は読書中なのですみません。後、もう少し静かにしてもらえると助かります」
「あー、それは悪かったッスね」
　突き放すように言ってしまったのを少しだけ後悔したが、真斗はすぐに本の世界へと戻っていった。

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