襲われよう、一般人｜リアクション

襲われよう、一般人

夕闇に沈む空を見上げ、薄羽白露は家へ帰ることにした。
「ん？」
　なんとなく視線を彷徨わせた先にポスターを発見する。「ねご子」というホラー映画のエキストラ募集の紙だった。
「ぷっは、ねご子って安直だね。嫌いじゃないけど」
　と、前方へ視線を向けた時である。
　道の真ん中に裸足の女が立っていた。白い服に黒くて長い髪をしている。
　ほんの数秒だけ、驚いたような表情をしていた白露だったが、すぐに口元に笑みを浮かべた。
「ねご子のイメージにぴったりだね。どういう現象なのかな？」
　白露は歩き出した。
「まぁ、いいや。面白そうだしね。近づいたら襲われたりするのかな？」
　女は微動だにしない。
　白露は女の顔を覗き込みながら、横を通りすぎる。
「なぁんだ。現れただけか」
　と、そのまま数メートル離れた時、女が動いた気配を感じ振り返る。
「おお！？」
　なんと、女が追いかけてくるではないか。
　白露は楽しそうに、駆け出した。
「本当に襲われるなんてね。よーし」
　出来る限りの方法で、対抗することにした。祓えるなら祓ってみたい、白露はそんな考えを抱きながら路地を曲がる。
「まずは」
　白露は足を止め、方向転換した。追いかけてきた女の腹部めがけ、右ストレートを叩き込……もうとしたが、白露の拳は空を切って、女の体をすり抜けた。
「おっとと」
　バランスを崩したところ、腕を捕まれそうになり、慌てて飛び退いた。
「なるほど、幽霊っぽいね。ますます面白い。じゃあ、これなら」
白露は距離を取りつつ、両手を胸の前で組む。指同士を複雑に絡ませる。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
　曖昧な記憶のままお経を唱えてみたが、女に変化はなかった。白露に対し、両手を伸ばしてくる。
ひとまず、駆け出した。
見えてきた十字路を曲がると、人影とぶつかりそうになる。
「おっ」
「ひい！？」
お互い足を止め、顔を確認する。
「ごめん、ごめん、急いでたんだ」
　それは高校生くらいの少女だった。妙に幸薄そうな顔をしている。塔ヶ崎璃亜だ。
「ひっ、はっ、うう」
泣きそうな表情で見つめられ、白露はぽかんとする。
「何かあったのかい？」
「お、女の人、ねご、ねご子が」
「奇遇だね、実は僕もなんだよね」
「言ってる場合じゃないです！」
「なら、こっちの道へ逃げよう」
　お互い、来た道とは違う道へ。つまり同じ方向へ駆け出した。
「そうそう、僕は薄羽白露って言うんだ、よろしくー」
「塔ヶ崎璃亜で……すってだから、言ってる場合じゃ」
「だよね。じゃあ、頑張って」
　次の丁字路で璃亜とわかれ、後ろを振り返ると、女が丁字路を曲がり追いかけてくるところだった。
不幸なことに進行方向は一本道で、全力で走るものの、女との距離が縮む。
　そして、
「お？」
　物理攻撃は効かない癖に、肩をつかまれてしまった。強引に体の向きを変えられる。
「ちょっ！？」
　白露は珍しく動揺した表情を見せた。生気のない女の顔がゆっくりと近づいてきたのだ。それから、顔中を舐められてしまう。
「えぇっ、何これ？」
そんな中、誰かがそばを駆け抜けて行った。
　そして、首筋を噛まれ、白露の意識はそこで途切れてしまった。

　目を覚ましたのはそれから数分後。体を起こした白露は暗い道の真ん中でキョトンとした。
「ある意味、面白い体験、だったかな？」
　白露はこれまた珍しく、苦笑を浮かべるのだった。

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