■ののこですらも
「えっへっへー、似合う？」
　野々 ののこがくるっと回転し、ピタッ！ と止まれば。
　椿 美咲紀は
「とっても似合うですよ！」
　と拍手する。
　本日、ののこのヘアメｲクは旅鴉 月詠が担当した。
　黙っていればののこですらセクシー。そう思われる衣装とマスクを選んだ月詠。
「駆け回るだろうから、ちょっと動きやすさを入れてみた」
　早速ウキャウキャと姿見の前で飛び跳ねるののこの姿に、月詠は満足げな表情。
　レモンイエローの優しい色合いのドレスは肩が大胆に開き。ボリュームあるスカートは後ろから見ればロングタイプだが、前から見ればミニ丈に見えるアシンメトリーな形で、同系色のフリルや華飾りが取り入れられている。
　猫の顔を模したマスクで顔を隠し、赤いリップに彩れば。ののこは確かにいつもと雰囲気が違う。そう、動かなければ。
「楽しんできてほしいのです！」
　美咲紀が仕上げ、とののこの髪に赤い花をアクセントとして飾れば
「ありがとうっ！ 楽しんでくるねー！」
　二人に大きく手を振り、ののこは星ヶ丘寮内へと駆け出すのだった。
「……あの動きでは、皆にバレるだろうな」
　と、思う月詠であった。


　恵御納 夏朝は桜花寮の一人部屋で暮らす寝子高生の一人である。
　三寮祭はここ星ヶ丘のみならず桜花寮でも開催される。
　夏朝は祭の準備に勤しんでいたが、折角だからと準備を抜け出させてもらい、星ヶ丘寮へとやってきていた。
　だが。
（……何故か、僕が来ている）
　姿は夏朝である、が。その中身は夏朝の別人格である『夏夜』。
（夏朝が『夏夜ちゃんも三寮祭、楽しめたら良いのに』とか思ったのが原因か……）
　寝子電に乗車中に居眠りをした夏朝に代わってしまったようだった。
（すでに星ヶ丘寮の祭りは始まっている、のか……仕方ない。代理で祭りを楽しもう）
　夏夜は星ヶ丘寮のエントランスを見上げ、頷いた。


　先日、星ヶ丘寮に泊まりに来た際との星ヶ丘寮の変化に圧倒されるのは佐藤 英二。
　宿泊した際にも桜花寮との違いをまざまざと見せつけられたが、祭というだけあって気合いの入れ方が違う。
（どれだけ豪勢なんだろう……！）
　広大な敷地、そこら中に置かれている、見るからに高級そうな調度品。
　そして
「いかがでしょう？」
　星ヶ丘寮の執事により、あっという間にジェントルメンな雰囲気に仕立て上げられた英二の姿。
　鏡を見て驚きを隠せない。
　普段は平凡と思われがちな英二だが、仕立ての良いタキシードに白い仮面をつければ、大会社の社長子息かと思える程の凛々しさが伺える。
（なんだか別人になったみたいだ）
　心なしか堂々と、そして胸を張る英二。
（せっかくの機会だし、僕も舞踏会に参加してみよう。……野々さんとも、踊れるといいな）
　同じ学年の意中の少女の姿を思い浮かべ。
　英二は噴水広場へと向かうのだった。


　エントランスを抜け、流れるままに衣装の貸し出し受付を済ませた夏夜。
　様々なドレスを勧めてくれる星ヶ丘寮生の話を無表情なままに熱心に聞き、ドレスを吟味する。
（……似合いそうなもの、そして記録に残し後で夏朝が喜びそうなものを……）
　そのままの希望を口にするわけにもいかず、夏夜は出来る限りの要望を衣装係へと伝え。
　最終的に選んだドレスは、夜空をイメージした藍色の落ち着いたドレス。
　星のように配置されたラメやスパンコールは夏夜が動く度にキラキラと光り輝く。
　ローヒールのシューズを履き、マスクをつける前には派手すぎないメイクも施してもらう。
　選んだマスクは、メイクにも、そしてドレスにも似合う三日月モチーフのもの。
（……ふむ、こんなものだろう）
　微かに笑みを浮かばせ、夏夜は足取りも軽く散策を始めるのだった。

　星ヶ丘寮のカーニヴァル装飾はとても本格的で、夏夜は見るもの全て新鮮に思えた。
　スマホを片手にその光景を写真に撮り、また陽気な音楽に踊る人を見つければ動画で撮影する。
　なんとか自分の姿も撮影できないか、と思案しスマホを己に向けていると、夏夜に声がかかった。
「お嬢様、もしよかったら撮影しましょうかっ？」
　夏夜が振り返れば、そこには赤い髪をツインテールに結んだメイド姿の少女――檜扇 舞華の姿だった。
　首からは本格的なデジタルカメラをぶら下げ、更に手にはビデオカメラ。
　腕には【撮影班】という腕章がついている。
「ご安心ください！ クローズドなパーティーですから、生放送などはしておりません！」
　普段はインターネットサイト『ネコネコ動画』などに動画を上げる『ネコ生主』でもある舞華ではあるが、今日は星ヶ丘寮のメイドとしてのお役目を最優先。今回の星ヶ丘寮のパーティーの記録係として参加している。
　ただ、まぁ、可愛い子好きということもあってか、どちらかと言うと女子をメインに撮影してしまうわけだが、華やかなのだから仕方ない。
（撮影、か……連絡先を教えて貰えば、後で夏朝も楽しめるかもな）
　そう思う夏朝。
「それじゃあ、お願い出来るかな」
「かしこまりました！」
　舞華がドレス姿の夏夜を撮影する。
「せっかくですし、ポーズを取ってみましょうか！」
「……こ、こう、かな？」　
「あぁっ、いーですね、可愛いですよぉ～！！」
　舞華の話術に乗せられて。言われるがままに色ぉんなポーズを取る夏夜。
　連絡先を交換し、データを貰う事を約束するのだった。
　……夏朝がその写真を見て若干驚くのはまた後日のお話。