夢獣逃避行　赤と青｜リアクション

夢獣逃避行　赤と青

■ケース２　死に神に愛されなかった女
　朝鳥さゆる。
　あらゆる意味において破滅的な生き方をする彼女が、なぜ破滅できないのかについて、もはや語り尽くされたとされている。
　しかしほんのわずかに、ほんのひとしずくだけ、語られていない部分があるようにも、思えないだろうか。
　たったひとり、ある極限状態に置かれた時の彼女を見つめることで、その一助としたい。

　眠る場所に頓着などない。
　どこだろうと、だれとだろうと、どんな理由だろうと、さゆるにとって眠ることは眠ること以上の価値を持たなかった。
　読み飽きた本のページを飛ばすかのごとく、時間を素早く進めるための手段でしかない。
　それがある日、別の意味を持った。

　鳥籠にとらわれている。
　なんという皮肉だろうか。
　さゆるは蹴破るようにして扉を開けると、頭に響くささやき声から現状を把握した。
　なんでも扉を選べという。
　熱い砂漠か、暗い密林か。
　本来ならば自分に向いている方を、もしくは嫌いなものが無さそうな方を選ぶものだが、さゆるの考え方は違った。
　密林にうち捨てられ、腐っていく自分。
　砂漠に埋もれ、乾いていく自分。
　死に様を考え、しかしどちらも大差ないように思えて、ほとんど無作為に扉を選んだ。
　赤い扉のドアノブを、回す。

　見る限り、なんのひねりもなく、ただただ純粋に砂漠である。
　ある意味この寂しさと厳しさは自分に合っているような気がしたが、しかしその感情は浮かんですぐに消えた。
　これ以上注げないグラスに水滴を落とせば外に漏れて出て行くように、さゆるの中に張り詰めた何かが、新しい感情を拒んでいるようだった。
　さゆるは、足を前に進める。

　死は万人にとって平等であるという。
　望めば誰でも死ぬことが出来、そこから先はいかなる人間であっても平等に救われるともいう。
　どこの誰がそんなことを言ったのか、どういう宗教観なのか、そんなことはどうでもいい。
　さゆるにとって、『今が終わる』という意味において、死はとても歓迎すべきことだったのだ。
　乾いていく身体。歪んでいく視界。絶え間なく流れ落ちる汗。
　ごくわずかな音をたて、砂からサソリが現われる。
　毒をもったサソリだという。なるほど、これに刺されて倒れ、もがき苦しみ死ぬのだろうか。
　さゆるの僅かに残った意識がそんなふうに考え、そして無防備に足を晒した。

　そこからどれほどの時間がたったのか、さゆる自身にも分からなかった。
　振り向けばサソリの残骸が転がり、自分は金色の扉の前にいる。
　困難を乗り越えてしまった。
　この場所もまた、自分を殺してはくれないのだ。
　諦めのような感情で、さゆるはドアノブを回した。

　さゆるはこのとき、考えもしなかった。
　あの砂漠に寝転がり、死ぬまでじっとしていればよいだなんて。
　サソリに襲われ、ろっこん能力が発動しても尚、自殺行為のように刺され続ければよいだなんて。
　さゆるの中にある、彼女すら意識していない何かが、彼女を前に進ませ、そして死に絶えることを許さなかった。
　本能と呼ぶにはあまりに強すぎるそれを、さゆるが意識することはない。いまのところは。

このページにイラストを設定する