●まさかのカイカン
　一方こちら、滝原 レオンはいつものように女装をして外へ出たところ、パンツが弾けた模様。
　何を言ってるかわからねえと思うが俺も以下略。
（なんで！　パンツが！　消えた！）
　叫びたい気持ちをグッと抑える。往来でそんなこと叫んだら色々ヤバい。そんなドスが効いた声で叫んじゃったら完全なる女装を成功させ、『滝川怜』として歩いている姿が台無しだ。
「あれか！　また神魂か！！」
　なんでという疑問はすぐに消え失せた。そうだ、この島そういう島でした。
（畜生こんなことならスカートなんか選ぶんじゃなかった！）
　ふわりとした女装用のお気に入りスカートが、今は忌々しくさえある。
（ええい仕方ねえ、買う！　幸いここはシーサイドタウン！　店ならいくらでもある！）
　さあ、急げ、狙うはパンツ。俺の尻に合うパンツ。
　彼は走った。行く先はショッピングモールだ。
「……しまった」
　さて、どの店で買おうか、と考えた時、ある事を思い出したのだ。
　っていうか忘れちゃダメだった。
　――俺、今、女装中……！
　冷や汗が背を伝う。
（この姿で男物なんか買ってみろ、絶対に怪しまれる！）
　いやいや、彼氏のを買うお使いと思えばよくね？　そんな神の声は彼には届かない。っていうかこの状況でそれを装うほど冷静にはなれないのが道理というものだろう。
（かといって女物を買うのもそれはそれでやばい！）
　頭を抱えて悩むレオン。ぐるぐる。ぐるぐる。そして、バッと顔を上げて決意した。
「……ええい、非常事態だ！」
　――とりあえず家までは女物でやり過ごす！
　良く言った！　良く決めた！　それでこそ男の中の男だ！！
　レオンはパステルカラー蔓延る可愛らしいランジェリーショップを見つけると、平静を装って足を踏み入れた。
（当たり前だけど女の下着だらけだ……心臓に悪りぃ……）
　パンツだけではなく、ブラジャーやガーターベルトだってあるのだ。心臓はいろんな意味ではち切れそうである。女装男子（傍から見ると完全に女子）が男性物のぱんつを買うのと、おパンツ弾けてスカートの中はフリーダムな状態の女装男子が女性物のぱんつを物色するのとどちらがヤバいのか、もはや判断する術などない。万が一にでもモロリしたら色々終わる。
　レオンはさっさと店を出たい一心で、レジ近くにあったおパンティを一枚手に取った。
（え、何これ？　布地少なくね？）
　女子の下着あるある。布地少ない。
　そりゃね、守るもののサイズがね。
　レオンは今更それを棚に戻すのも悩む時間も惜しく思えて、そのままレジに持って行った。
（……仕方ねえ、これでいい！）
「あの、すいませ、こここ、これくださ……！」
　もじもじしながら、高めの声でそう告げる。ちょっとハスキーな声の女の子だな、くらいで誤魔化しきれただろう。恥ずかしがっているのも、言い訳は利く。なんと、レオンはきちんと確認していなかったが――そのぱんつ、Tバックですよ。
　大急ぎで店を脱出すると、そこにはミッシェルの姿が。
「あぁン！　素敵！　アナタの＊＊＊を★★★しちゃうわよん！！」
「！？！？！？！？」
　ものっすごい単語が飛び出したような気がしたが、レオンは今色々ピンチなのだ。というか、何故わかった？　この完璧な女装で何故『ついてる』とわかった！？！？　それはナイスゲイがナイスゲイたるイケメンセンサーのおかげだろうか。とにかく、このままでは色々なところがアブナイので、レオンは走った。目指すはお手洗いだ――！
「あぁあン！　もうっ、そんなとこに逃げ込んでェ～！」
　この姿で入れるのは女子トイレだった。見た目完全に女子だし、男子トイレに入る方がヤバかった。そして手にしているパンツは、ほら、あれだし。
「うぅ……まったく落ち着かねえ……」
　あとから気付いたTバック。辛うじて前だけ隠れる心もとなさにレオンはむず、と体を揺すった。
（でもなんだ、この気持ち……ドキドキする……）
　開きかけた未知の扉に戸惑う。
（……いや待て俺、これじゃ本気で変態じゃねえか。でも……いや待て……いやでも……）
　はいっ、今開いたよ！　君の未知の扉開いた！　完全にオープン！　やったね！　おめでとう！！
　レオンは認めたくないやらキモチイイやらでもやもやしながら、帰路に着き、その下着は洗濯したのち丁寧にたたんでタンスの奥へとしまいましたとさ。
　パンティ　to be continued.

「んもゥ……今日はことごとく逃げられちゃうわねェん……」
　ミッシェルは公園のベンチに座ると、悩ましげに頬に手を当ててため息をついた。――ふと、顔を上げると、そこには黒髪の美しい青年が。
「あらン……？」
　青年の名は、アケーチ・タッマーキ。この島では『明智』と名乗っている。今日も似顔絵を描こうかと場所を探して公園をうろうろしていたのだが、ふと、足を止めた。
「おや……？」
　そのプリ尻に感じる爽やかな風。悪戯な風を受けた明智のプリ尻は……。スーツの布地の感触を直に感じていた。さわさわ。そして確信する。
「……消えてますね、私の紫のレースおぱんてぃー」
　そんなセクシーなおぱんてぃーを履いていたんか。
「これは困りましたねぇ」
　んん、と顎に手を当て、長いまつ毛を伏せる。
「何かの拍子にスーツのパンツでも破けようものなら」
　ぶるっ、彼の身体が一瞬震える。顔を上げた時、その表情は恍惚としていた。
「とても悦び……」
　んん、と咳払いを一つ。
「困ります、はっはっは」
　本音ダダ漏れです。
「ともかく……」
　ここに黙って立っているわけにもいくまい。明智は歩みを進めた。
　スッ……。
　スルッ……スンッ……。
（歩くたびに感じるスーツの生地……）
　ふふ、ふふふ、と自然と笑みが漏れてくる。
（スーツ姿なのにノーパン、というシチュエーションに興奮することもまた事実……！）
　――かっちりと着込んだこのスーツの下は！　とても！　フリーダムなのですよ！　明智は興奮を抑えきれない。
　ミッシェルが座っているベンチと、通路を挟んで対岸にあるベンチに悩ましげに腰かけると、憂いの表情を作る。
（こんなポーズをしてもノーパン！）
　春の日差しとうららかな風に、明智の髪がそよぎ、もともと隠れている右目をさらに隠すように影を作る。美しい、が、忘れるな彼はノーパンだ。
（こんな動きをしてもノーパン！）
　すっくと立ち上がると、明智はバレエダンサーの如き華麗なるターンを一つキメる。
　――ゾクゾクッ……。
　彼の背筋を一陣の快感が駆け抜ける。
「嗚呼、興奮します……！」
　ハァハァと息を乱して明智は小さな声で呟いた。
「むしろスーツを脱ぎ捨てて全てをさらけ出した……」
「いいわねェん♪　アナタのプリ尻、ｐｒｐｒしちゃうわよぉン……☆」
　ぬらっ、と背後に立ったのはミッシェルだった。
「！！」
　明智はその声にズボンに手をかけかける。ｐｒｐｒは別にいらないが、曝け出したいという欲を許す者がそこに居たのだ。いやでもちょっとまて、なんかむこうにパトカー見えるぞ。
「あン！」
「駄目ですかそうですね……！」
「御縄になっちゃうのはちょっと困るわねン……」
　ミッシェルが眉尻を下げる。
「この世界では全て曝け出すとお巡りさんのお世話になるらしいですからね、残念です、ふふ……！」
　出来るのならば全裸になりたいレベルであった。春って怖い。その後、二人はあんなポーズやこんなポーズを見せ合って切磋琢磨（？）する。
「ふふ……！　Y字バランスなんていかがですか……！」
「ウホッ！　良いわ！　とても良いわよォん！　こ、この下が無いと思うのも興奮するわね……☆」
「そうでしょうそうでしょう、見えぬ背徳、でも確かにそこには守るべきぱんてぃーがないのです……！」
　盛り上がってる。（意味深）
「……は！」
　日が暮れかけた時、明智が何かに気付いたように声を上げた。
「私、素晴らしい応急処置アイテムを思い出しました」
「応急処置ィん？」
「そう、オムツ……！」
　悟りを開いたかのように、そう告げる。
「今すぐ買いに行きましょう、そして新たなる扉を開きましょう、ふ、ふふ……！」
　では、ごきげんよう！　と明智はドラッグストアに走り去る。ミッシェルはじゃぁねぇと手を振りながら確信した。
「……彼、天才ね……♪」

　かくして、一陣の風は無差別のーぱん祭を引き起こし、ある者にはトラウマを、ある者には未知の扉へのキーを授けたのであった。
　――完。