乙女のプロパガンダ｜リアクション

乙女のプロパガンダ

　ここであまりにも異様な光景で遠巻きに見ていることしかできなかった修が我に返り、行動を起こす。

「浮月先輩でしょうか？1年の八神と言います。先生に頼まれてプリントを持って来ました」
「え？」

　修がプリントを渡したことで浮月の話が途切れる。
　同時に話を聞いていた者に流れ込んでいたイメージの奔流も止まる。

「しっかりしろ、御崎！佐藤も大丈夫か？」

　幸い修は距離があったせいで話がよく聞こえていなかった為、現在ノーダージ。
　すかさず戦闘不能になっている瀬良に声をかけながら駆け寄り、倒れている英二に肩を貸して起こそうとする。
　しかし。

「サガミ大佐……？」
「……？俺はサガミではなく八神ですけど」

　修はまだ浮月の力を知らない。
　ただ状況的に瀬良と英二の異常の原因は目の前にいる浮月なのだろうと推測するのは容易かった。
　その為警戒心剥き出しの修の言葉は丁寧だが、素っ気なく冷たい。
　皮肉にもそれが、トリガーだった。

　唐突だが解説しよう！
　サガミ大佐とはニャンダムＲの登場人物の一人である！！
　ラクシーン公国の軍人で、クローム大佐とは何かと競い合ってきたライバルであり友であるようなポジションのイケメンである。
　八神修によく似たイケメンである。
　イケメンである。
　大切なことなので3回繰り返しました。
　つまり、そう、彼もまた腐女子の格好の餌食なのだ。

「……クロテオ前提のクロサガも美味しいのよね」

　ぼそりと浮月が呟く。
　先ほどまでの明るい笑顔にどこか影が差している。

「っ！？」

　本能的に危機を察した修の足は自然と後ずさる。

「この間春コミでゲットした本の内容がまさにそれなのよね。サガミ大佐ってば素っ気ない態度とりつつもクローム大佐のことすっごく意識してて……でもクローム大佐はテオルにお熱でそれが面白くなくて、突っかかっていったら返り討ちにされて弄ばれてしまうの……」

　ハイライトの消えた浮月の瞳は瞬きすることなくじっと怯んだ様子の修を見つめている。
　否。
　浮月が見つめているのは修の向こう側にいるサガミ大佐の妄想だ。

「抵抗出来ないように両手を括られて、乱暴に軍服をはだけさせられて……。そこでサガミ大佐の秘密がクローム大佐にばれてしまうの。プライドの高いエリート貴族軍人のサガミ大佐は実は奴隷階級出身で、貴族に買われた過去がある。これは公式設定よ、ムックにも載ってたもの。それで抵抗しようとしたらそれをタネに脅されるの」
「な、なんだ、この映像はっ……これは、俺？いや、違う、これはニャンダムの……っ」

　修の頭の中に拘束され、無理やり体を開かさられるサガミ大佐のイメージが流れ込んでくる。
　仄暗い妄想は何故か鮮明で、音声付だ。
　サガミ大佐が身じろぎする度に手首を戒める縄が軋む音まで聞こえてくる。
　縄が擦れ、血が滲む手首にクローム大佐が舌を這わせる。

『君のその澄ました顔が苦痛と羞恥で歪むのは堪らないな。もっと良い声で啼いてくれないか？サガミ大佐』
『や、やめろっ……！』
「やめろ、やめてくれっ……！」

　イメージの中のサガミの悲鳴と現実の修の悲鳴が重なる。
　その光景に浮月のテンションはウナギ登りだ。
　頬を紅潮させ、長い髪を揺らして頭を振りながら興奮気味に捲し立てる。

「やだ、私ったらクロテオ信者なのにクロサガ美味しすぎて困っちゃう！普段はクールビューティーなサガミ大佐の嫌がる顔が美味しすぎるのが悪いのよ！この本だとさんざん焦らされて虐められて責められるのよねっ、最終的にはあのプライドの高いサガミ大佐が泣きながらお願いしますって懇願しちゃうの！！ねっ、ねっ、言ってみて！お願いしますって、言ってみて！！」

　修もまたサガミ大佐と同じくプライドが高い。
　死んでもこの状況下でそんな屈辱的なことは言えなかった。
　気を失って倒れる寸前、直感的に浮月が持っている本に手を伸ばす。
　しかしその手が届く前に深く精神を傷つけられた修の意識は沈むことになる。
　自身が重ねられたＢＬイメージの攻撃力は尋常ではないということだ。

　
　こうして3人の生徒が保健室送りになった事件で浮月の噂は急速に広まることになる。
　そしてもれいび達は犠牲者達の情報から、浮月がもれいびではいかという疑いを強めていったのだった。

　余談だが。
　保健室に運ばれ目を覚ました修は自分の手首にあのイメージのような縄で縛られた痕がなくて安堵した。
　が、鮮明なイメージ自体はしっかりと修の脳に焼きつけられており、彼をしばらく苦しめるのだった。

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