装飾譚：化粧品「白雪堂」｜リアクション

装飾譚：化粧品「白雪堂」

　化粧水、自分用を買ってみたら？
　と、母から言われた貴家衿花は今年高校生になったばかりの女の子だ。夜を閉じ込めたような黒髪に深い海色の瞳を持つ彼女は年の割に落ち着いた雰囲気である。
（色々な種類を見てみたいから白雪堂に来てみたけれど……）
　品数が予想以上に多くて途方に暮れてしまう。
　化粧品にはたくさんのブランドがあることは知っていた。棚の前に立てばなんとなく高校生向きのブランドかは分かる。いくつか化粧水のテスターを手に取って肌を湿らせてみたりもした。が。
（お母さんの以外を使うことがほとんど無かったから、何がいいのかわからないわね）
　判断基準が無いので、やっぱり途方に暮れてしまった。
「あら？　貴家さんですか？」
　やわらかい声がして振り向くと、熟したイチゴを連想させる瞳を持つ汐月ココノの笑顔が見えた。一目で天然のものと分かる月色の髪と、ミルクティー色のやわらかい肌を持つ神秘的な雰囲気の少女だ。衿花とココノは同じクラスである。
「やっぱり貴家さんでした。こんにちは」
「こんにちは汐月さん。あなたもお買い物？」
「あは。ええ、そうです。肌の調子を整えるものを探しに来たんですよ」
「へえ。なら私と同じね」
　聞けば、ココノも白雪堂に来るのは初めてだと言う。自然と一緒に回ることになった。
「ま。貴家さん見てください。このマニキュア、どれも柔らかい色でとても可愛らしいと思いませんか。春の新色だそうですよ」
　ココノが口元に手を当ててうっとりと目を細める。彼女が心を惹かれたのは「Pina（ピニャ）」という学生向けのブランドだ。Pinaの棚からはココナッツの香がふんわりと漂っている。
「本当に綺麗な色。へえ、色のひとつひとつに果物の名前が付いているわ」
「あは。この色を爪に載せたら私の両の手がフルーツパーラーになりますね」
　ココノは何種類もの色を爪に当て、どんな服と合わせようかを想像してみた。このスカートにはミルクイエロー。あのブラウスにはクリームグリーン。去年買ったワンピースにはラベンダーを合わせてみたい。予算と相談しながら３色の購入を決めた。
「この子たち、お部屋のどこに飾ろうかしら。引き出しにしまっておくのはもったいないですね」
　衿花はココノが愛おしそうに小瓶を眺めるのを見て自分の爪を見下ろした。健康的な普通の爪である。
「ねえ、汐月さん。学校の日はどんな風に爪を手入れしているの？」
　尋ねると、ココノは自分が使っている爪磨きのセットを教えてくれた。
「この２種類のやすりを使っています」
「これだけでそんなにピカピカに？」
　ココノの爪に注目して尋ねる。彼女の指先は一目で手入れがされているとわかるツヤをまとっていた。
「丁寧に磨けば爪が応えてくれるんです。鏡みたいに光を弾いてくれますよ」
「指が綺麗な人って素敵ね。私も同じものを買っていこうかしら」
「あら、おそろいですね」
　ココノが嬉しそうに両手を合わせる。
「衿花さんの指は白くてほっそりしていますから、お手入れしたらどんどん素敵になりますよ」
「ありがとう。汐月さんみたいに大人っぽい人に言われると自信が持てそうだわ」
「あは」
　ココノは目を細めると白雪堂に飾られている大きな鏡の前に立った。
「そう言っていただけると嬉しいですね。私、綺麗になりたいんです」
　鏡の表面に指をはわせる。
　白雪姫は黒檀のように黒い髪、雪のように白い肌、血のように赤い唇の持ち主で、棺に入れられても色あせない美しさを持つ少女だと聞いている。ココノの外見は雪よりも太陽を連想させるものだ。だが。
「私の色は私だけのもの。この色を魅力に変えてみせます」
　自分にしか聞こえない声で話すと、鏡の中の自分に感情のわからない笑顔を見せた。
「ねえ、汐月さん。スキンケア、このセットよさそうじゃない？　小さなポーチも付いていて可愛いわ」
　衿花のくったくのない声にココノの注意が戻る。
　衿花が手に取ったのは化粧水・乳液・洗顔せっけんなどがセットになった初心者向けのお試しセットだ。ボーダーの可愛らしいポーチに入っていた。
　ココノが興味津々といった様子で同じポーチを手に取った。
「しっとりタイプとさっぱりタイプがありますね。私はどちらが向いているのでしょうか」
「店員さんに聞いてみましょうか。あと香水も見てみたいわ」
　衿花がくるりと背中を見せてレジの店員に声をかけに行く。黒髪の束が規則正しく左右に揺れるのを見て、
「ふふ、気になるものがたくさんありますね」
　ココノは甘い笑みをひとつ浮かべる。
　小さな藤のカゴを揺らして衿花の背中を追いかけた。

このページにイラストを設定する

装飾譚：化粧品「白雪堂」

シナリオ

シナリオデータ

シナリオスケジュール

参加キャラクター一覧