おいしいコーヒーの淹れ方｜リアクション

おいしいコーヒーの淹れ方

　先日のことだ。
『ロベルト、何読んでるんだ』
　と、獅子目悠月が尋ねると、ロベルトは
『これ？　コーヒーの本だよ。299　COFFEEでバイトするんだ』
　と、答えた。ウェイターをするらしい。悠月は普段、コーヒーはあまり飲まないが嫌いではない。
（働くロベルト……気になるな。遊びに行ってみるか）
　休みの日。何の予定もないこともありベットでごろごろしていた悠月は脚の反動で上半身を起こすと、クローゼットを開けて外出の準備を始めた。

「いらっしゃいませ。１名様ですか……？」
　299　COFFEEに到着した悠月を時子がほほ笑みで迎え入れる。
「ああ。……できたら端の方の席で頼む」
「かしこまりました。ご案内いたします……」
（ふう、幸先がいいな。ロベルトに見つからずに店に入れたぞ。この席なら店内を見渡せてちょうどいい、変装してきた甲斐があったな）　
　お冷を飲んでメニューで顔を隠しながら悠月は満足げなため息を吐いた。悠月は長い髪をハットの中に収め、伊達眼鏡をかけている。
　ロベルトは修と美咲紀にコーヒーを運んでいる最中だった。ニコニコ笑いながら手際よく働いている。
（忙しそうだな。トレーの上に、ケーキとコーヒーがふたり分。あれ、重くないのか？　……あ、こっち来た）
「お待たせいたしました。ご注文はお決まりですか」
　ロベルトが注文を取りに来たので、悠月は顔をくっつけんばかりにメニュー用に近づけて
「ブレンドをひとつ」
　と、注文した。
「……獅子目？」
　すぐばれた。
「……おう」
　見抜かれてしまっては仕方がない。悠月は少し残念そうな顔でハットを脱ぎ、照れ隠しのようにニヤリと笑った。
「オーダーを訂正させてくれ、ロベルトが入れたコーヒーをひとつ」

【この瞬間のロベルトの心情】
　悠月！？　どうしてこんなところに……Σ(･ω･ﾉ)ﾉ！
　これは……チャンスだね(。-`ω-)
　頑張り次第で、これからも来てくれるかもヾ(≧▽≦)ﾉ

「僕の淹れたものでいいのか？」
　ロベルトが尋ねると悠月はハットで遊びながら流し目をくれた。
「同じことは２度言わないぞ。……普段あまり飲まないからこれがコーヒーの基準になるだろうな」
「それは責任重大だね。かしこまりました、少々お待ちください」
　ロベルトは厨房に戻り自分で１杯コーヒーを淹れた。味見ができないので不安はあるが、研修で基本はばっちりのはずだ。緊張を隠しながら悠月のテーブルへ向かった。
「お待たせいたしました。ご注文のコーヒーです」
「ああ」
　悠月の形のいい唇がコーヒーのふちに重なり、白い喉がわずかに上下した。
「……どう？」
　ロベルトが不安と期待の入り混じった瞳を向けると、悠月は
「まあまあだな」
　と、すました声で目を逸らした。
　ロベルトの視線を意識しつつもう一口飲む。
　特別に美味い訳ではないと思うが、飲みやすい味だ。
　ロベルトがメモを見ながら丁寧にコーヒーを淹れているのがちらりと見えてしまったから、殊更そう感じるのかもしれない。
「そっか。まあまあなら悪くはないかな」
「……これからどれだけ上達するか、時々確認に来るかな」
「えっ」
　ロベルトの瞳が驚きで見開かれる。
「これからも来てくれるのっ？」
「期待していいならな」
「期待しててよ。絶対、美味しいの飲ませてあげる！」
　ロベルトが笑うと、悠月は周囲が明るくなったように感じた。
「悠月。これ、僕からのサービスだよ」
　と、チーズケーキの皿まで置いてくれる。

「甘やかしてるんだか。甘やかされてるんだか……」
　悠月はロベルトが働く姿を眺めながら小さな声でつぶやいて、チーズケーキをほおばった。

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