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【期末テスト】赤点？満点？？春風、四日間の死線＜物語編＞
●試験当日３日目～英語
３日の朝、伊藤 佳奈は席に着くなり「うー」と腹をくの字に折り曲げて呻いた。
通りかかったののこが心配そうに声を掛けてくる。
「大丈夫？」
「英語……とうとうこの日が……」
佳奈は英語が苦手なのだ。
特に頭がいいというわけではないが、国語や社会は割と得意だし、ほかの教科も赤点を心配するほどではない。でも英語は、英語だけは。
「ほんとうに苦手でさ」
「わかるー」
ののこは英語に限らずいろいろ苦手なのだが、佳奈の苦悩に神妙に相槌を打った。
でもこの日の為に英語を集中して勉強したんだから、と佳奈はテスト直前の緊張感にくじけそうな自分に言い聞かせる。
「うー、絶対、ぜ～ったいに英語の赤点は回避するんだから！」
「私も！ みんなにも教えてもらったし、頑張る！」
ののこもぐっと拳を握って、互いに健闘を誓い合う。
そのときざわりと空気が動いた。
（あれ……）（今日も来た……）
扉の方を見遣ると、長身で整った顔立ちの朝鳥 さゆるが登校してきたところだ。
彼女の居住まいは大人びていて美しいが、それはどこか荒廃的な美しさだ。折り目正しく制服を纏い、まるで表情を動かさないその姿からは、無機質な鉱物のような感触を受け、声をかけるのがはばかられる。
さゆるは右手に包帯を巻いており、そのことは密かに他生徒の目を引いていた。
さゆると同じクラスで、彼女があまり学校に来ないことを知っている佳奈も、無言で席に着くさゆるの背中へ案じるようなの眼差しを向ける。
（試験は毎日受けに来てるみたいだけど……右手、どうしたんだろ）
右手の包帯の理由はさゆるしか知らない。
数日前、衝動的に拳でバスルームの姿見を叩き割って傷つけた。もっとも、さゆるは左手でも問題なく字が書ける。だから試験には支障ないと判断していた。
その後、つつがなく、英語の試験が始まった。
試験用紙を捲った途端、佳奈は思わず、
「ぐはっ！」
と唸る。
（ヤマ……外れた？ うー、でもヤマ張ってただけじゃない。ちゃんと単語も文法も勉強したし、兎に角やるだけやってみる。戦わずに敗北なんて剣士として絶対できないもん！）
頭を抱え、うんうん唸りながら何とか解答欄を埋めていく佳奈に対し、さゆるは表情を変えることなく、利き手ではない左手ですらすらと問題を解いてゆく。
選択問題は的確なものを瞬時にして選び、英作文の記述問題は美しく流れるような筆記体で記入する。
そこにはなんの戸惑いも迷いもない。ただ機械のように作業して、２０分ほどで解き終える。
見直しをさっと行う。問題ない。
（多分これで大丈夫……のはず。随分時間が余ってしまったけれど、この手のせいで机に突っ伏して眠ることもできないわね）
これ以上、見直しする意義も感じない。手持無沙汰だ。
さゆるはぼんやりと窓の外を見る。
見る？ ――否、本当はどこも見てなどいない。彼女の開いたまなこに映るものに意味はない。こんなふうに静かで空白な時間に去来するヴィジョンは、虚無の向こう側にある自分の過去。意味をもって襲い掛かってくるのは、過去の記憶の先にあるブラックボックスを開けてしまったという事実。
（破滅は不可避なのに、テストは真面目に受けるのね。学校の成績は良くても頭が悪すぎるよ……あたしは）
自嘲する。
ほぼ完璧に解けてしまった英語の答案が却って皮肉だ。
ただ時が過ぎるのを待つさゆるに対し、佳奈は時よ止まれと念じたくなるくらい必死だった。
とにかくがむしゃらに鉛筆を動かす。
（合ってるかどうかはさっぱり解からないというか自信が無いけど、答えを書けば希望はある！）
そのはずだが、はたと手が止まる。
――『次の言葉の意味を書きなさい』？
一問目は『Paper tiger』。単語は解る。紙の虎。
二問目は『Sour grapes』 酸っぱい葡萄？
（酸っぱい葡萄……イソップ童話でそんなのあったなあ。たしか狐が木の高いところにある葡萄をみつけて取ろうとするんだよね。でも、どんなに跳びあがっても葡萄に届かなくて、しまいには「どうせ酸っぱい葡萄のはずだ」って負け惜しみを言って去るっていう……）
そこで佳奈ははたと気づく。これって慣用句ってやつだろうか。
『Sour grapes』の意味は、『負け惜しみ』！
ということは『Paper tiger』は？
（紙の虎……これ、『張り子の虎』だ！）
慣用句だと気が付けば、直訳からでも大体推測出来たことに、佳奈は非常に満足した。
気分よく英語を終えられたおかげで次の体育も絶好調だった。結果が楽しみである。
３日の朝、伊藤 佳奈は席に着くなり「うー」と腹をくの字に折り曲げて呻いた。
通りかかったののこが心配そうに声を掛けてくる。
「大丈夫？」
「英語……とうとうこの日が……」
佳奈は英語が苦手なのだ。
特に頭がいいというわけではないが、国語や社会は割と得意だし、ほかの教科も赤点を心配するほどではない。でも英語は、英語だけは。
「ほんとうに苦手でさ」
「わかるー」
ののこは英語に限らずいろいろ苦手なのだが、佳奈の苦悩に神妙に相槌を打った。
でもこの日の為に英語を集中して勉強したんだから、と佳奈はテスト直前の緊張感にくじけそうな自分に言い聞かせる。
「うー、絶対、ぜ～ったいに英語の赤点は回避するんだから！」
「私も！ みんなにも教えてもらったし、頑張る！」
ののこもぐっと拳を握って、互いに健闘を誓い合う。
そのときざわりと空気が動いた。
（あれ……）（今日も来た……）
扉の方を見遣ると、長身で整った顔立ちの朝鳥 さゆるが登校してきたところだ。
彼女の居住まいは大人びていて美しいが、それはどこか荒廃的な美しさだ。折り目正しく制服を纏い、まるで表情を動かさないその姿からは、無機質な鉱物のような感触を受け、声をかけるのがはばかられる。
さゆるは右手に包帯を巻いており、そのことは密かに他生徒の目を引いていた。
さゆると同じクラスで、彼女があまり学校に来ないことを知っている佳奈も、無言で席に着くさゆるの背中へ案じるようなの眼差しを向ける。
（試験は毎日受けに来てるみたいだけど……右手、どうしたんだろ）
右手の包帯の理由はさゆるしか知らない。
数日前、衝動的に拳でバスルームの姿見を叩き割って傷つけた。もっとも、さゆるは左手でも問題なく字が書ける。だから試験には支障ないと判断していた。
その後、つつがなく、英語の試験が始まった。
試験用紙を捲った途端、佳奈は思わず、
「ぐはっ！」
と唸る。
（ヤマ……外れた？ うー、でもヤマ張ってただけじゃない。ちゃんと単語も文法も勉強したし、兎に角やるだけやってみる。戦わずに敗北なんて剣士として絶対できないもん！）
頭を抱え、うんうん唸りながら何とか解答欄を埋めていく佳奈に対し、さゆるは表情を変えることなく、利き手ではない左手ですらすらと問題を解いてゆく。
選択問題は的確なものを瞬時にして選び、英作文の記述問題は美しく流れるような筆記体で記入する。
そこにはなんの戸惑いも迷いもない。ただ機械のように作業して、２０分ほどで解き終える。
見直しをさっと行う。問題ない。
（多分これで大丈夫……のはず。随分時間が余ってしまったけれど、この手のせいで机に突っ伏して眠ることもできないわね）
これ以上、見直しする意義も感じない。手持無沙汰だ。
さゆるはぼんやりと窓の外を見る。
見る？ ――否、本当はどこも見てなどいない。彼女の開いたまなこに映るものに意味はない。こんなふうに静かで空白な時間に去来するヴィジョンは、虚無の向こう側にある自分の過去。意味をもって襲い掛かってくるのは、過去の記憶の先にあるブラックボックスを開けてしまったという事実。
（破滅は不可避なのに、テストは真面目に受けるのね。学校の成績は良くても頭が悪すぎるよ……あたしは）
自嘲する。
ほぼ完璧に解けてしまった英語の答案が却って皮肉だ。
ただ時が過ぎるのを待つさゆるに対し、佳奈は時よ止まれと念じたくなるくらい必死だった。
とにかくがむしゃらに鉛筆を動かす。
（合ってるかどうかはさっぱり解からないというか自信が無いけど、答えを書けば希望はある！）
そのはずだが、はたと手が止まる。
――『次の言葉の意味を書きなさい』？
一問目は『Paper tiger』。単語は解る。紙の虎。
二問目は『Sour grapes』 酸っぱい葡萄？
（酸っぱい葡萄……イソップ童話でそんなのあったなあ。たしか狐が木の高いところにある葡萄をみつけて取ろうとするんだよね。でも、どんなに跳びあがっても葡萄に届かなくて、しまいには「どうせ酸っぱい葡萄のはずだ」って負け惜しみを言って去るっていう……）
そこで佳奈ははたと気づく。これって慣用句ってやつだろうか。
『Sour grapes』の意味は、『負け惜しみ』！
ということは『Paper tiger』は？
（紙の虎……これ、『張り子の虎』だ！）
慣用句だと気が付けば、直訳からでも大体推測出来たことに、佳奈は非常に満足した。
気分よく英語を終えられたおかげで次の体育も絶好調だった。結果が楽しみである。
シナリオ
シナリオデータ
シナリオスケジュール
- シナリオガイド公開日
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- 2017年01月01日
- 参加申し込みの期限
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- 2017年01月08日 11時00分
- アクション投稿の期限
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- 2017年01月08日 11時00分
