人生の転換期｜リアクション

人生の転換期

☆海外赴任？

　中学三年の水上桜は、入学準備に追われつつも、試験期間中のプレッシャーから解放されて充実した日々を送っていた。
「えっ、お父さん？　おかえりなさい！」　
　大手都銀『みけねこ銀行』の札幌支店長として単身赴任している父が帰宅したのはそんなある日のことだった。
「東京の本店へ出張したときに人事異動の内示が出たんですって」
　母は電話で聞いていたらしい。
「もしかして寝子島へ戻るとか？」
　駆け寄る桜に、
「合格おめでとう。いよいよ高校生だな」
　と父はまずお祝いを言った。
「ありがとう、それで？」
「慌てるな」
　もったいぶりつつ父は言った。
「ニューヨーク支店への栄転だ。期間は３年」
「えっ……！」
　父も母も満面の笑みを浮かべている。
（役職はなんかわからないけど、この喜びようだと幹部級ね）
　順調に出世コースに乗っているらしい、と桜は分析する。
「また単身赴任？」
「今回はお母さんも行くわよ」
「えっ、それっていくらなんでも……ちょっと急すぎるよ」
　急な人事異動に振り回されるのは銀行員の娘の宿命、とはいうものの。
　あれよあれよという間に家族同伴ということになってしまった。
「アメリカでは9～1月が1学期で、2月～6月が二学期なのよね。実際に家族が合流するのは夏休みというわけね」
　小学生の弟はいいかもしれないが……高校入学確定の自分は必然的に日本に残ることになる。
「一人暮らしする自信ないよ？」
　情けない顔になる桜に、父は言う。
「今住んでいる家は借家にして貸し出そう。木天蓼市のおじいちゃんおばあちゃんのところから通うのはどうだ？」
「うーん、ちょっと遠いかな……？」
　早起きがつらそう、と首を傾げる桜に、母が言う。
「ねえ、寝子高って寮があるんじゃないの？」
「ああ、そういえば……」
　確かこないだ会った先輩たち、寮に住んでるって言ってたっけ。
「今から空きあるかな？」
　
　ダメ元で事情を話す母の電話の声を、桜はドキドキしながら聞いていた。
「ありがとうございます。はい、よろしくお願いします」
（え、この反応ってもしかして……）
「どうだったの？」
　母が受話器を置くのも待ちかねて尋ねれば、母は笑顔で○を作って見せた。
「桜花寮ですってよ。あなたも荷物をまとめなくちゃね」　
　心の中に、春の風が吹きこんできた気がした。
（どんな生活が待ってるんだろう）
　今まで実感が伴わないまま入学準備をしてきたけれど、不意に新しい世界の扉が開いたのだ。　