ある日の部室の困りごと｜リアクション

ある日の部室の困りごと

☆コスプレ部

　部活が休みの日、大田原いいなはミシンを借りようとコスプレ部にやってきた。
「やあ、いーなっち！」
　思いがけず、先客の八十八旗信彦に迎えられた。
「何故貴様が居る！　生徒会ではなかったのかや！」
　老人口調のいいなが、大きな目を見開いて叫ぶ。
「いやー、今日はコスプレ部のレディたちとお茶でもと思ってね。ところが、思いがけずいいなっちと二人っきりだったね」
　チャラくて爽やかな信彦は、動じずマイペースだ。
「今日はコスプレ部の活動日ではないわ、たわけ！」
「あれ、そうだっけ？」
　普段からあまり物事を深く考えず、とにかくポジティブ！　な信彦はめげない。
「まあいいや、普段メイド喫茶で世話になっているお礼に、ホスト部仕込みのテクで誠心誠意オモテナシするよ！」
　むしろこれ幸いと、お茶の準備を始めた。
　ボーイッシュなショートヘアで男性恐怖症のいいなだが、変装メイド喫茶『bonheur』でバイトをしている。
　いいなは、ろっこんが発動すれば２０歳前後の長髪グラマー美女に変身する。
　学校では変身は秘密にしているが友人の信彦はそこの客でもあり、秘密を知っている。
　だがいいなにとっては警戒対象だ。
　
　いいながミシンを始める間に、まず信彦は、持参したケーキを切り分け皿に盛り付けた。
「ケーキをどぞっ！　俺が『あーん』をしてあげるよ！（きらり」
　満面の笑顔で歯と金髪を光らせるが。
　いいなは無視して作業を続けようとする。
「はい、あーん♪」
　しかし信彦は諦めずいいなの口元にケーキを近づける。
　バキッ！
　……ミシン針がまち針を縫い上げて音をたてた。
　たまりかねたいいなが、じろりと信彦を睨む。
「……貴様、何をしておるのじゃ？」
「だから、あーん、って」
「けえきは要らぬ！　くりいむが生地に付くではないかっ！」
　シッシッ、と手を振り信彦を追い払う。
　だが信彦はめげない。
「それは残念。それじゃケーキは後にしよう」
　そう言って離れたものの。
　
　糸の後始末を終えたいいながつぶやく。
「……ふむ、ばいと先のＢｏｎｈｅｕｒで使うえぷろんの修理はこんなものかの？　あとは……」
　信彦が再び近づいてくる。
「紅茶をどぞっ！　熱いから横でふーふーしてあげるよ」
「貴様、何をしておるのじゃ？」
　じーろーり、と睨む先には、作業中で手が離せないいいなの口元へ、しゃきーんと背を伸ばしてぐいぐいと飲み物を運ぶ信彦。
「じゃから、みしんにかかるではないかっ！　何故紅茶をかっぷで給仕するのじゃ！」
「えー、だって紅茶はビーカーで給仕したりしないだろう？　カップを置いてポットから注げばいいのかい？　まったく、これが所謂ツンデレというヤツかな？」
　どこまでもポジティブな信彦に、こぼさないようカップをテーブルの隅っこへ追いやりながら、いいなは吠える。
「なぜそう貴様はどこまでもぽじてぃぶなのじゃ！　儂が思うておることを、包み隠さず貴様に言うてやろうか？」
「うん？　いいなっちもシャイだなあ、遠慮しなくていいよ、いいなっちと俺の仲じゃないか」
　いいなは思い切り息を吸い込み、聞き違えのないようはっきり言い放った。
「貴様は邪魔じゃあっちいけ！」
　そして、信彦を部室から蹴り出すとピシャッと扉を閉めた。

「ふー、あとはほわいとでいいべんと用に、自分で着るＢｏｎｈｅｕｒのめいど服を直さねば」
　これで邪魔者がいなくなった、と作業を再開しようとするいいなだが。
「ああ、胸、きつそうだよね」
「……そうそう、ろっこんが発動しておると通常のめいど服では胸回りがキツくて裾が長い……って、貴様何故ここに居る！」
　答えてしまってから、信彦に気づくいいな。
「さっき蹴り出したのにいつの間に戻って来たのかや！」
　フンガー！　という勢いでいいなは鼻息を荒くする。
「終わったらすぐにケーキが給仕できるよう控えているよ」
「けえきは自分で食べるのじゃ！　給仕は要らぬ！　そこへ置いておけ！　黙って見ておれ！」
　怒鳴りながら、ふといいなは気づく。
（あれ？　儂こ奴の前でろっこんが発動せんようになっておるぞ？）
　心拍数が１００を超えると発動するはずなのだが。
　それを口にすることなく、いいなは作業を続ける。
「今度余計なことをしたら巻き尺で縛っておいてやろうかや」
「えー、それじゃホスト部仕込みのトークでお相手を」
　どこまでも懲りない信彦であった。

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