寝子島、アクアアルタの日｜リアクション

寝子島、アクアアルタの日

　海と連絡を取り合った刀と千歳は、一旦自宅に戻り着替えて準備をする事にした。（「いや、汗臭いかな～ってさ……」御剣刀：談）
　刀は念のため着替えとタオルを。千歳はタオルとドライヤーをスポーツバッグに詰めようとして……外にはコンセントがない事に気が付き、慌ててドライヤーは取り出した。
　海も、普段はあまり使わない長靴を履き、タオルを持って集合場所の寝子島神社に向かう。
　そして無事に境内で落ち合った３人。
「準備はいいか？」
『大丈夫！』
「さあ、困っている猫達を助けに行きましょう」
　彼らは笑顔でうん！　と頷き合った。
　―――猫救出作戦、決行！

　旧市街の猫達は塀の上、車の上……あちらこちらで困っていた。３人は啼き声を頼りに取り残されている猫達を保護していく。
「ほら……おとなしくして……暴れたらまた落ちちゃうわよ」
　千歳はでっぷりとした黒猫に格闘していた。どこかで１度落ちたのであろう、ずぶ濡れのデブ猫は千歳に抱かれながらふーっ！　と唸りぶるぶると激しく身震いをした。
　盛大に飛び散る水滴。思い切り水をかけられた３人は、前髪から水を滴らせながらしばし目をぱちくり。すると刀がふっと目を細め、おもむろに腕まくりをした。
「千歳……押さえとけ。このでぶ猫、徹底的に拭いてやる」
「ちょっ……刀君？！」
　ニャーニャー抗議するデブ猫、タオル片手にムキになる刀。そんな様子に、濡れながらも千歳も海も笑顔が零れるのであった。

「猫もだけど……私達も濡れすぎるとさすがにちょっと冷たいわね。小山内さん、使って」
　千歳が別の猫を抱えながら、スポーツバッグから余分に持って来たタオルを海に渡す。全部猫を拭くのに自分のタオルを使ってしまった海は、
『ありがとう』
と笑顔で受け取った。
『猫ちゃんたち、たくさん助けられて良かったね』
　海が筆談のスケッチブックを見せると、千歳が頷いた。
「猫は本当に水気を嫌うのよ。猫の先祖とされるリビアヤマネコが住んでいたのは砂漠地帯だから水気が少なかったのもあるけど、昼夜の温度差があるから身体が濡れたままになると体温を奪われてしまうのよね」
　『へえ、そうなんだー』と感心する海に、穏やかに微笑む千歳。そんな少女２人の姿を刀は少し離れた所から眺めていた。

　風も凪ぎ、水面が鏡のように街の風景を映している。現実に現れた逆さまの世界が、見慣れた街の風景と共に広がる。その境目を猫を抱きながら談笑する少女達。それは、１枚の幻想的な絵のようであり、刀の心を奪うに十分だった。

「はい、刀君もタオル……どうかしたの？」
　振り向いた千歳が声をかけるまで、刀は立ち止まっていた。ハッと気が付いた刀は、慌てて傍の車のボンネットで降りられなくなっていた子猫を抱え上げる。そして正直に言った。
「……いや見とれてた」
「え？」
　突然の刀の言葉に、千歳の頬がぽっと赤くなる。彼女は思わず自分が抱いていた猫に小さく話しかけた。
「変な刀君ですにゃぁ？」
「……にゃあ？」
　まさかの千歳の言葉に刀が思わず聞き返す。千歳の顔はますます赤くなるばかり。海が、
『千歳ちゃん、可愛い』
と小さく笑った。

　千歳と海はそれぞれ猫を抱っこし、刀は３人のバッグに猫をたくさん入れ、彼らは水の来ていない寝子島神社に戻って来る。そして境内に猫達を放してやった。
「よぉーし、お前らここなら安全だぞ……でぶ猫、お前はもうちょっとダイエットしろよ」
　思い思いの場所に歩いて行く猫達を見ながら刀が言う。件のデブ猫はにﾞゃ～と目つきも悪く一声啼くと、ごろごろと刀の足に身体をこすりつけ、彼を苦笑させた。

「……あー、重かった！」　
　大きく両手を広げてぽすんと刀が芝生に寝っ転がった。そのまま柔らかい日差しを浴びながら気持ちよさそうに目を閉じる。海が慌ててスケッチブックに言葉を書き留めるとトントンと刀の肩を叩いた。
『この時期に外で寝ると風邪ひいちゃうよ？』
　刀はようやく目を半分開けて海に答えた。
「何だかんだで濡れちゃったからさ、乾かしてるんだよ……」
　そしてまたその瞳が閉じられようとする。千歳も心配して声をかけた。
「刀君？」
　刀は目を閉じたままふにゃと笑った。
「……千歳達も一緒にどうだ？」
　刀の横にはいつの間にかあのデブ猫が寄り添い、気持ちよさそうに丸くなっている。神社の境内にもあちこちで彼らが助けた猫達が丸くなる。海と千歳はちょっと顔を見合わせ、くすりと笑った。

　―――ほんとにしょうがない人なんだから。

　瞳で会話をすると、刀を挟んで海と千歳も横になる。そして３人と猫達は仲良く季節外れの陽だまりを楽しむのであった。

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寝子島、アクアアルタの日

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