寝子島、アクアアルタの日｜リアクション

寝子島、アクアアルタの日

　宮祀智瑜の祖父母が営む『宮祀青果店』は、アクアアルタの為臨時休業となった。
　店の手伝いがなくなった智瑜は長靴を履き、元気よく店を出た。

　景色を見たり電車に乗ったりと楽しみながら星ヶ丘まで来た智瑜。じゃぶじゃぶと水の感覚を楽しんでいると、先の方で何やらうろうろしている男性の姿を見つける。智瑜の目が大きくなった。
「あっ！　義弘先生発見！　……あれ？」
　それは間違いなく寝子高教師の桐島義弘だったが、いつもと雰囲気が違う。
　どうしてだろう？　智瑜は両目とも１．５の視力を全開にして気が付いた。
　義弘がメガネをかけていないのだ。智瑜は驚いたが、
（……でも先生のカッコ良さは健在！）
と、ドキドキしながら義弘の方に歩いて行った。

　どうやら義弘はうっかりとメガネを水に落としてしまったらしい。
「先生おっちょこちょいですね」
　話を聞きくすりと言った智瑜に、目を顰めながらぐいっと義弘が顔を近づけた。
「宮祀ほどではないと思うがな」
　義弘はよほど目が悪いのだろうか。２人の顔の距離は、しっかり見えている智瑜には思いの外近くて。
「わ、私も探すの手伝いますね！」
　そう言いながらパッと智瑜は顔を離す。―――赤くなった顔を、先生に気が付かれませんように。

　２人は腕まくりをして、メガネを探し始めた。
　視力の悪い義弘のために自分が頑張らないと！　と、智瑜は張り切っていた。しかし目がいくら良くたって智瑜は智瑜なのだ。勇んで歩き回っていた智瑜は案の定、水底の段差に躓いて盛大にダイブしてしまった。
「宮祀？！」
　慌てて義弘が駆け寄ったが間に合わない。
　バッシャーン！
　２人は見事に尻餅をつき、濡れ鼠となってしまった。

「ごめんなさい、先生……」
「……いつもの事だ、気にするな」
　シュンとする智瑜に濡れた髪を掻き上げながら義弘が答える。その水も滴る男ぶりに智瑜がドキドキして俯き、そして叫んだ。
「きゃっ！」
「どうした？！」
　突然の悲鳴に義弘が身を乗り出す。智瑜は、
「な、何でもないです！」
と言いながら慌てて腕でその大きな胸元を隠した。
　そう、水に濡れてしまった智瑜は、ブラウスがしっとりと肌に張りつき、ブラの線も透けて見えるあられもない姿になっていたのだ。
（どうしよう？！）
　恥ずかしさに智瑜はパニックになる。でも先生になら見られても……なんて思っていると、義弘が眉を寄せて智瑜を見た。
「本当に大丈夫か？　私にはさっぱりお前がどうなってるのか見えないんだが」
「……あ、そ、そうですよね。ほんとに大丈夫ですから！」
　良かったという気持ちとちょっと残念という気持ちと。乙女の難しい相反する気持ちを抱えながら智瑜はメガネ探しを再開する。そしてキラリと光る物を遠くに見つけた。
「あ、先生、ありましたー！」
　今度こそ智瑜は転ばないように慎重に義弘のメガネに近付く。そして無事にメガネを拾い、大騒動のメガネ捜索は終了となった。

「いや、助かった宮祀。これでようやく……」
「あ、ちょっと待って下さい、先生！」
　メガネをかけようとした義弘を智瑜は慌てて制止する。そしておもむろにスマホを取り出し義弘に言った。
「はい、チーズ！」
　カシャ！　とびっくり顔の義弘が写真に収められる。それを智瑜はすかさず壁紙に設定した。
（先生のメガネ無しはレアですから！）
　ほくそ笑む智瑜に首を傾げながらも義弘はようやくメガネをかける。そして智瑜にお礼を言おうとして、その口が大きく固まった。
「―――その姿は何だ宮祀ー！！」
　ようやくハッキリと、智瑜のなかなかな格好が見えたらしい。今更な智瑜はキョトンと首を傾げた。
「濡れてるなら先生も一緒ですよ？　だいぶ乾いたし、もう後はハンカチでちょっと拭けば……」
　そう言って智瑜はハンカチを取り出す。それを義弘はすかさず奪い、ガシガシと智瑜を拭き始めた。
「女の子が体を冷やしてはいかん、バカ者！」
　智瑜の濡れた胸元を見ないようにあさってを向きながら拭く義弘は、何だか可愛らしくて。
　智瑜の顔が赤いのも頷けるというものだ。

「―――くしゅんっ！」
「宮祀？」

　……どうやら顔が赤いのは、別の事が原因かもしれない。

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寝子島、アクアアルタの日

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