「やってまいりました新作スイーツお披露目会！」
　会場入り口でＩＣレコーダーに声を吹き込んでいるのは椿 美咲紀だ。ちなみに第一声の為にこの場所を選んだのは単なる気分である。寝子高新聞に載せる恰好のイベントが開催されたと単身乗り込んできた美咲紀は例え文字だけの情報という記事にするにしてもこの一種独特な臨場感を文章に現したかった。
　イベントの趣旨と簡単な紹介等を一通りをＩＣレコーダーに録音した美咲紀はそのスイッチを切り、近くで自分を見守るように立っていた催事場のスタッフに一礼する。
「では宜しくお願いします」
　新聞記事を起こすに至って必要となる取材にはどうしても欠かせないものというのがある。
　それは、取材許可、だ。「寝子高の新聞部です。是非新聞記事にしたいのですが」と撮影とインタビューの自由を申し出た時、制服姿だったのが幸いした。生徒手帳と共に身分証明を確かにして無事取材と撮影許可は降り、美咲紀は主催者側からの注意事項をメモし、貸し出してもらった腕章を腕に巻いた。
　寝子高新聞部員としてこのビッグイベントは見過ごせず、用意は整ったと今に至っているわけである。
「それでは早速覗いてみましょう」
　実況レポートよろしく美咲紀は最初に目星をつけていた長蛇の列を成すブースへと足を運ぶ。
　持ち前の明るさと人懐っこさで美咲紀は人混みをかき分けつつ呼び止めつつ聞き込みを重ね、ターゲットを絞っていく。
「たくさんのお店が参加している中、一際人気なのは和菓子屋猫福の苺大福なんだそうです。
　やはりそこは名店の安心感からでしょうか？　お店の人にお話を伺ってみようかと思います」
　何人か買い物客に質問をしていると、行列が途切れ店員にも余裕が生まれてくる、その手の空いたスキを狙って、美咲紀は店員へと取材相手を変更した。
　試食させて貰いつつ商品のアピールポイントを聞き出して、ふむふむと相槌を打った。
「苺に、ではなく、あんこに合わせて苺を選び抜いたのですか。餡がおいしい猫福さんらしいこだわりを感じますね。
　他にもおすすめの商品はありますでしょうか？」
　苺大福だけではないのは明白で、共に期間限定として売り出す予定の桜餅の紹介をお願いする。
「桜餅はまさにこれからの時期ですしね。味は従来通りでしょうか？」
　疑問に首を傾げると隣りにいた常連客が美咲紀に語り始めた。老舗と有名なだけに年配の女性客は自分が子供の頃から味が変わらないと力説し、どうせ買うならこのブランドのお茶も良いと店員以上の押しの強さに美咲紀はほうほうと好きなだけ喋っていただいた。
　軽く三分程語った女性は、何故か飴玉を美咲紀に手渡し、頑張ってねとエールを送って帰っていった。その後姿を見送る美咲紀は、次はどこに行こうかと視線を巡らせば、八神 修を発見する。
　軽く駆け寄ってまずは挨拶。
「こんな所で偶然ですね、シュー君も来てたのですか？」
　涼しそうな彼の表情が会場とマッチングしなくて、なんだかくすぐったくなり美咲紀は疑問を投げかけずにはいられない。
「お眼鏡に適うスイーツありました？」
　と。



…※…



　人の流れもあり順繰りに全てとは言えないものの記事に起こすには充分な量は集まった。折角来たのだからこのまま帰るのも勿体無いと美咲紀は他の買い物客に混じって、練り歩く。
　試食会という響きは一種独特な雰囲気を作り上げていた。そこかしこで批評の声が飛び交い、情報は混雑極まりない。その中、聞き逃しがないようにアンテナを立てつつ、美咲紀はシフォンケーキと二層になっているチーズケーキを試食で頂く。反対側のブースでは桜バームクーヘンなるものが切り分けられていた。
　日持ちのする焼き菓子や生チョコを心持ち大目にお土産用に購入した美咲紀は、不意に足を止めた。
　そこは先程取材させてもらった和菓子屋のブースの前である。
　洋菓子は勿論、和菓子も大好きな美咲紀は、生クリームでは味わえない和菓子の上品な甘さも捨てがたいと悩み、逡巡の後、期間限定の桜餅と、バターの入ったどら焼きを今日の執筆のお供にお買上げしたのだった。



…※…※…※…



　小さな島のどこにこれだけの人が居るのだろう。
　人であふれてごった返すとまではいかないが、流れというものを見極めないとすぐに誰かと衝突しそうになってなかなかに気を遣う。
　するすると人の合間を縫って程よい空間に出た八神 修はそこで貰ったばかりのパンフレットを広げた。

『新作スイーツお披露目会』

　ポップカラーもノリノリな紹介写真満載のずいぶんと賑やかなパンフレットの内容を眺め、「力を入れている」と先ほどの呼び込みの口上を一通り聞いていた修はそんな感想を漏らした。セールストークは本領発揮とばかりに炸裂し、今なお遠くにいるのにこちらに届くまで聞こえている。
　まろび帯びる着ぐるみのシルエットに修がほっこりしつつ、会場入り口で案内を受けている間も止まらなかった営業トーク。その内容は修の中ではとりあえず気軽に試食し、気が向いたらお土産を買って、気に入れば店舗に来店すればいいという気安さを促されたような気分にさせてくれた。こうやってハードルを下げられると購買意欲も高まろうもの。
　クール然としていて、纏う雰囲気から高校生男児よろしく甘いものは苦手そうに見られる修だが実際は、ディスプレイされているスイーツへ味見がしたいと手を伸ばすくらいには甘いものは好きだった。
　古今東西、「おいしい」に国境も性差もない。
　なんでもござれ。
　しかしながら、好奇心はあると豪語しないのは、そこは男の子である。
　少々決まりが悪いからと公言もせず、口に入れることも控えていた。
　過剰な摂取は健康に宜しくないが勉強の後など欲しくなったりするものな。
　とそんな言い訳じみた文言が浮かぶくらいは人の目を気にするお年頃。しかしながらそれを押して来場を決めたのは「こういう催しでは本土からの出店もあるだろう」という駅ビルが会場を貸すなら相応の規模だろうという推測と期待があったからだ。現にサダハル・ニャオキや銀座Ｎｅｌｉ等の名前が載っている。
　普段行けない店や個数限定の品物を中心に回ってみよう。
　うん、と頷きをひとつしてパンフレットを閉じた。
　何気なく向けた視線の先、少し離れた場所で制服姿の美咲紀が店員と話し込んでいるのが見えた。
　左の上腕に見慣れない腕章を付けていることから何かしら主催者側の許可が下りているとみていいだろう。なら考える選択肢は限られている。
「……取材中か？」
　ここで知り合いに会わない方がおかしいよな、と修は苦笑を滲ませる。一人でじっくりとブースを回る自分はどのように彼女の目に映るだろうか。想像し「まぁいいか」と逡巡を左右に首を振ることで払い落とした。
　知らない仲でもないし、声をかけられたらその時は彼女の手伝いを申し出るのも悪くないと考えたせいもある。
　とりあえずは、人の流れに任せてみようと修は歩き出した。



…※…



　コーヒーの苦味で舌に残っていた甘みが流れた。
「こっちもいいですか？」
　願い出ると店員は快諾に修が指差したマカロンを試食用ケースから取り出してくれた。
　ブースに下げられている看板には内地にある有名店の名前。新宿や渋谷等に店舗を構えていて海を渡らないと食べに行けない。先に見たシュークリームを試食したお店も――手むきのバニラビーンズは拘り抜いた配合のが数種類あり、好みを選べると言う。クリームは少し甘かったが妙に癖になる味で内容量もたっぷりと楽しめた――そう言えば銀座にあったなとパステルカラーのマカロンを口に入れた。
　まさに今しか味わえないおいしさだった。
　お土産は少しばかり迷った。結局ビビットカラーも印象深い、フルーツとマカロンのデコレーションが絶妙な季節感を表しているアントルメにした。
　また他にも気に入った分だけ購入を重ねてきた。
　お店の名前が入った淡い色の紙バックをいくつもぶら下げている所に美咲紀と出会し、
「その大量のお土産はご自分で食べるですか？」
　ＩＣレコーダーを向けられ質問された時は修は努めてすまし、
「使用人へだ」
　とインタビューに答えた。
　嘘ではない。
　大半は自分で食べてしまうが。