「くっそー、当たらねぇ……」
　衛は炎系の【火傷】添付アビ『火雫侵食』をコズエルにむけるも、避けられてしまう。仕方が無いので攻撃魔法に切り替えようとした時、ぼんやりとした殺気を感じた。目の前に【魅了】されたネヴィアが迫っていたのだ！　避けたはずなのに触れてしまったのは不運としか言いようが無い。
　残像を残して振り下ろされる一撃をかわしきれず、衛は思わずしりもちを付く。
「ば、馬鹿！　俺は味方だ！」
　そう叫んだ時、目の前にねむるが入り込む。鈍い音を立て受け流されるネヴィアの武器。盾を構え、かるく彼を押し返してねむるは苦笑した。
「コズエルの直接攻撃に使うつもりだったけど、こんなトコで役立つなんてね？」
「ああ、もう！　やっかいなのが引っかかってる～！！」
　様子を見た璃音が思いっきり何かを投げつける。それはＢＳを解除するポーションで、瓶が割れると共にネヴィアは我に帰った。
　だが、その頃には【魅了】されてしまった着ぐるみさんによって璃音は射抜かれていた。思った以上のダメージに璃音は言葉を失う。
「かはっ……！」
「七緒！」
　詠唱に時間がかかっていた楓が、全体に状態回復の魔法をかけ、来島が即座に回復魔法をしかける。
　混乱した状況に、都は「ひえぇ～」と僅かに呻く。
「やっぱ少しは引っかかっちゃうか……」
　そう言いながらもコズエルへエコーノイズで攻撃し、ちらり、と修を見る都。言いたい事を察した彼は無言でＭＰ自動回復を彼女や衛などにかけ、傷ついた人たちに回復をかけていく。
　我に帰ったサキリは舌打ちしつつコズエルへ向かい、庚は頭を振るってコズエルを睨みつける。
「くっ、解っていただけに腹立たしい」
　ぽつりと呟いて『風魔手裏剣』を放ち、それを目くらましにダッシュ！　瓦礫を踏み台にしてきりつける。
「やっと目覚めたか、お前ら！」
　【魅了】が解けた彼らの様子に、刀がエスカルゴと頷き合って下がる。アカリが修からもらったＭＰ回復ポーションをぐびぐび飲み干し、もう１度全体回復魔法をしかけた。

（マズい。超絶マズい。なんだろ、さっきから悪寒がとまらない……！）
　都はコズエルから放たれる何かに圧倒され、吐きそうになるのを堪える。
「都、顔色悪いよ！　ってーか理由はなんとなく解るけど」
　璃音も引きつった笑顔でちらり、とコズエルを見る。普段の梢を知っているからこそ、彼女も嫌な予感を拭いきれない。
（ウチが彼女だったらここで……）

　――『別れの黒』、いっちゃうかもね。

　【魅了】されたメンバーを抑えていた者たちは回復を受け、回復したメンバーでコズエルにアタックする。治癒士トリオが彼らをサポートし、重戦士カルテットが中衛や前衛でカバーリングに動く。
「まだまだ戦いはこれからだぜ！」
　衛が叫び、『紅蓮球』を放つ。都は璃音が呟いた言葉にごくりとつばを飲み、静かに曲を変える。
「この状況、立て直さなくちゃね」
　重厚な低音が響く。『冥土のカプリス』へと変った魔曲スキルに、全員が何かに気づく。

『余所見は禁物ですよ』

　コズエルが囀る。全員に緊張が走り、浮かびあがるは黒い蝶。再び『別れの黒』が解き放たれたのだ。
「かまっていられるか！」
　死へと誘う黒い蝶を切り払い、刀がコズエルへ突貫する。併走する庚が蝶ごとコズエルを『影一文字』で切り払う。体をくの字に曲げ、眉を潜めたコズエルが手を翳せば、詠唱を続ける修の下へと青白い蝶の十字架が浮かびあがる。
　ねむるが重い体を引きずって割り込み、修を押しだそうとするも、２人とも巻き込まれる。それでも修へのダメージが減ったのはねむるのカバーリングによるものだろう。
（これ、やっぱきっつ……）
　ねむるがごちる側から２発目の『尊き蒼』が放たれる。修のアシストを受けどうにか踏ん張るねむるだが、ＨＰがここで尽きかける。もし、盾ではなく別の武器だったならば、彼はシャボン玉となって姿を消していただろう。
　修がねむるを回復させている間にも、真白が愛用のクリスガント（水晶製ガントレット。レアアイテム）を手にコズエルへと迫る。
「そんなに焦ってどうしたの？」
　技を放った後の硬直から逃れられないコズエルを、光を纏った残像付きの連撃で圧倒し、更なる硬直を呼ぶ。
（油断は禁物だけど、それなりに間隔をあけて放っていた技を間髪いれず入れてきたって事は、無理していないかしら？）
　碧南もまた推測からすこし強めの攻撃に出る。コズエルが漸く動き出した所で巧みに回避し、左右の死角からエスカルゴと庚がそれぞれ威力向上スキルを使用した上で突撃する。
　閃く銀の輝きと、拳。それらを翼で払い、気を引かれているところへサキリが４つの爪で翼をもがんと猛攻をかける。舞い上がる白い翼が視界を遮り、サキリは舌打ち１つして遮蔽物へと下がる。同時に、音を立てて翼が根元からもげた。

『私の、翼が……！』

（今だ！）
　ネヴィアが懐からなにか撒き散らして退避。同時に舞い散る赤い蝶の幻影。幸いにも『かき乱される紅』に誰も苛まれずに済んだものの、ゲームでのコズエル戦を経験した面々は表情を引き締めた。
「あ、イベント入るわ」
「え？　イベント？」
　エスカルゴの呟きに、思わず翼が聞き返す。すると刀が神妙な面持ちで呟いた。
「よく見ておいた方がいい。更なる地獄が待っているから」
　その言葉に碧南が「えっ？」と表情を険しくする。同時に、天使の表情から余裕が消えた。