人生の分かれ道！　滑らないで！｜リアクション

人生の分かれ道！　滑らないで！

☆寝子高入試の受験勉強

　几帳面で慎重な水上桜は中学三年生。
　目指している寝子高受験までもう一ヶ月を切った。
　受験一カ月前ともなるとなんだかそわそわとして落ち着かない。
　受験から目を逸らそうとしても、本番前の重圧はどこまでも追いかけてくる。
「桜は成績がいいからいいじゃない」
　受験の話をすると、決まってクラスメイトにそう言われてしまう。
　確かに桜は中学での成績は上位だが、得手不得手でムラがある。
　苦手科目の公民には不安があるし、受験に絶対はない。
　成績がいいと思われているのに、もし落ちたら……皆はなんと思うだろう？
　大人しめで愛らしい容姿ながら非常に負けず嫌いな桜にとって、それは大きなプレッシャーだった。
　その激しさを表に出すこともできず、かといって重圧に負けるわけにもいかない。

　かくして、今日も桜は放課後図書室へやってきて、そこの自習室で苦手な公民の問題集を解いている。
（歴史や地理ならいいのに……）
　かわいい眉をひそめてため息をつく。
　公民は３年生の途中から本格的に学ぶ割に、覚える事柄や範囲がやたら広いのでとにかく大変だ。
『(あ)～(う)に入る、司法権、立法権、行政権を担当する機関の名前をそれぞれ答えよ』
（えーと……司法は裁判所として、立法と行政は……）
　もれいびである桜だが、問題集に集中していたので、テオの声は全く耳に入らなかった。
　
　トイレへ行きたくなって、気分転換がてら桜はいったん自習室から出た。
　暖房は効いている屋内だが、やはり足下は冷える。
　トイレから戻る時、桜は異変に気づいた。足元が妙につるつるしている。
　危うく転びそうになり、桜は声を上げた。
「やだ……なんかここ物凄くす……」
　危うく「滑る」と口に出しそうになって、ギリギリで堪えた。
　受験生にとっては禁句、しかしつるつるの廊下といい、転倒寸前のアクシデントといい、まさに禁句の塊状態ではないか。
（冗談じゃないわよ、受験に失敗するとかそんなの冗談じゃないっての！）
　おまじないとか、そんなに信じるほうではないと思っていたけれど、一生の問題となれば藁にもすがりたくなる。
　受験じゃなくてもこんなところで転びたくはない。
　困惑しながら、桜はそろそろと壁伝いに歩を進めた。
　足を垂直に床に降ろしながら、慎重に。なんとか自習室へたどり着く。
「よかった……」
　しかし受難は終わらなかった。
「あっ」
　席に戻ってからも、勉強中にシャーペン落としかける。
「さっきはこんなことなかったのに……」
　消しゴムは紙の表面が何故かすべすべして、うまく消せない。
（とてもじゃないけど勉強どころじゃないわ……）
　桜は完全に消耗してしまう一日を過ごしたのだった。

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