ある天使と悪魔の脱出ゲーム｜リアクション

ある天使と悪魔の脱出ゲーム

　鴇波羽衣と八神修はゲームの世界に入っていた。
　羽衣は、黒い翼と尻尾と、小さな角の生えた悪魔役になっていた。ゲームの世界だということはうっすら理解しているが、せっかくゲームの中にいるなら役に徹するに限る。羽衣は、幽閉された修の世話役だった。下っ端小悪魔で、外の話や空を飛ぶことの楽しさをよく語っていた。最初はただの世話役だったのだが、何度か話をしていくうちに、ゲームの中でも修と友だちになった。大事な友だちの修の力になりたいと思っていること、そして空を飛ぶことが大好きなところは、現実世界の羽衣と同じである。

　修は黒翼の天使になっていた。羽衣にゲームの説明を聞いて、以前羽衣が空に連れて行ってくれた事を思い出した。そのお陰で、修は空の楽しさを知ったのだ。このゲームが紡ぐ物語が、それを取り戻すシチュエーションだとするなら悪くないと思った。

「こんな険しい場所、飛んだことないよ」
（上手く飛べるか、ちょっと自信ないかも……）
　羽衣はそう思った。が、口には出さない。こんなときに怖気づいてはいられないのだ。
「修くん……少し、我慢しててね」
　手を繋いだまま、羽衣は修の身体をがばっと抱きかかえて、崖から飛び降りた。風圧に耐えながら頑張って翼をコントロールし、安定した飛行を試みる。
　修はというと、突然の姫抱きに焦ったような表情だった。しかし、羽衣の負担を減らすためにか、大人しくしていてくれた。その方が落ちないと判断したからかもしれない。
「鴇波、重くないか？」
　修のまるでヒロインのような問いに、羽衣はこくりと頷く。
「大丈夫だよ」
　そんな２人の背後から、荒々しい羽ばたきの音が聞こえてきた。追っ手の天使たちだ。
「追っ手は俺に任せろ」
　修はポケットから飴玉を取り出した。それを後方へ次々と放つ。現実世界でいうと、車から物を捨てると、物凄い勢いで後方に飛ぶように見えるあれである。
　追っ手は、放たれた飴玉に激突した。
　後ろは修に任せて、羽衣は風に負けじと翼に力を込める。
「ここを乗り越えられなきゃ、あたしには空を飛ぶ資格なんてないんだから……！」

「もうすぐ出口だよ、修くん」
　羽衣の呼びかけを聞いたとき、修は翼の痛みと苦しさに端正な顔を歪ませた。
「大丈夫！？　無理、させちゃったかな……」
　心配げな羽衣の声が耳に届く。修はゆるりと首を横に振った。
「ごめんね……頑張ってついてきてくれて、ありがとう」
　羽衣の言葉に、修はひとつ深呼吸した。
「そうだな。弱音は、俺には似合わないな」
　根性論は非論理的だと考える修だが、励ましに応えるほうが良さそうだと判断する。天界の門まであともう少しだ。修は羽衣としっかり手を握った。呼吸を整えて、合図する。
　修は翼をたたんで、前傾気味に全速力で走った。天使たちが妨害をしてくるが、多少の妨害は肩であえて斜めにぶつかって、跳ね飛ばす。飛んでいる天使は地に足をつけていない分、踏ん張ることができない……つまり、衝撃に弱いのだ。
「あとはあたしに任せて！」
　崖を飛び降りた時のように、羽衣は空を飛んで一気にここを突破する。手は繋いだままだ。
「あたしもだいぶ疲れてるけど、最後の力を振り絞って全身全霊で飛ぶよ」
　しかし、溜まった疲労か、羽衣は突破直前で体力が尽きてしまった。地面に降りた羽衣を、天使たちが狙う。修は先程の苦しさも忘れて、羽衣を庇って立ち塞がった。
「狙うなら俺だけにしろ！」
　そのときだった。修の翼の色が変化した。まるで撫でるように、黒色から白色へと……黒翼は白翼に完全に変わった。

　天界の門に着いて、修と羽衣は、他の天使に幽閉理由が無くなったことを知らされた。『思いやりがない天使は天使失格』なのだそうだ。羽衣を庇ったときに、修は資格を取り戻したのだと。
天界に戻るかどうかの問いに、修は首を横に振った。
「俺は彼女と行くよ」
　隣の羽衣と目配せし合って、２人で飛んだ。見下ろす風景、それはどことなく寝子島に似ていて……。

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