【クリスマス】星ヶ丘のホーリー☆ナイト｜リアクション

【クリスマス】星ヶ丘のホーリー☆ナイト

　バイトが終わった。
　お疲れ様、とバイト仲間に声をかけ、忘れていたように一言「メリークリスマス」と言い添える。
　佐藤英二のクリスマス・イブはこうして終わった。
　クリスマスらしいことといえば、ほんの少しだけ学校のパーティに顔を出した程度だ。旧市街のミルクホールでバイトがあるから、とパーティは早々に抜け、あとはずっと精を出して働いた。
　当然ながら店は本日、非常に忙しかった。多分、これまでの勤務で一番ハードだったと思う。
　ただ、それはそれで、英二にとっては充実した時間だったのも事実だ。
　働いていると、生きていることを実感する。
　それは、熱いポットに火傷しそうになったり、冷凍庫から重い肉の塊を引っ張り出したり、注文から注文に飛び回ったりと、五感すべてをフル動員しているからこその実感ではないだろうか。

　ボロ布のように疲れていた。
　けれどもまっすぐ帰って寝るつもりが、なぜか意識的に英二は、シーサイドタウン駅を乗り越し、星ヶ丘駅で下車していた。
　数行上で、終わった、と書いたがそれは間違いだ。
　まだ、英二のクリスマス・イブは終わっていない。
　実際、日付だって24日のままなのだし。
　英二は歩いた。靴音を立て、マフラーに首をうずめて。
　星ヶ丘駅前の繁華街にこれから入っていく人は少ない。大半が、英二と反対方向に歩んでいく。
　その中に不平そうな顔をしているものはなかった。恋人や友達とわいわい、楽しげに言葉を交換しながら歩く姿がほとんどだ。独りで歩く者も、仲間と遊んだ余韻を楽しんでいるのか、それとも英二同様、この空気から幸せのお裾分けをもらった気分なのか、穏やかな表情だった。
　――みんな、楽しそうだ。
　ほほえましい。
　そして、望ましい姿ではないか。
　英二は夜空を見上げる。
　空は黒い。どこまでも澄み切ってどこまでも涯てのない黒だ。こんなに美しい黒色を、英二は見たことがないように思う。その黒を飾るように、ひらひらと細雪が降る。
　さっきから雪が降っては止みをくりかえしているのに、英二は少しも寒いとは思わなかった。クリスマスの『熱気』がそうさせているのだろう。
　とん、と肩が誰かに当たった。すれ違おうとして失敗したのか。
　見れば、サンマさんではないか。
「よう、少年」
　一杯引っかけたのかもしれない。サンマさんの口調は、いくらかろれつが回っていない。
「少年、恋は……できるうちにしておくんだ。命短し恋せよ乙女というが、それは男も同じだよ」
　普段の自信満々の口調とは違って、なにやらしみじみと、哀愁漂う口調で彼は告げ、
「年長者からのアドバイスだ。では達者でな」
　と、そのまま、英二の返事も聞かずに大股で離れていった。
　どういう意味なのか。
　ぽつんと立ち尽くし、英二はサンマさんの背を見送る。
　舞い散る雪、そこにぺたぺた足跡つけて、のっしのっしと歩き去るサンマさん……寝子島でしか見ることのできない、寝子島らしい風景であろう。
　なぜだか一瞬、英二は泣きたくなった。
　いつか英二は、この夜のサンマさんの言葉や、その後ろ姿を思いだすかもしれない。思いださないかもしれない。　
　街の光が消え始めた。
　街灯はそのままだが、閉店した飲食店がつぎつぎと消灯しだしたのだ。
　ガラガラとシャッターが下りる音もする。ショットバーのようなところの灯は残っているものの、だんだん寂しくなってきたのは事実だ。
　クリスマスの熱気はある程度満喫したと思う。
　――じゃあ、帰ろう。
　Ｕターンして英二は駅に向かった。
　でも去り際、照れくさい気がしつつもせっかくなので、振り返って彼は星ヶ丘に告げたのである。
「メリークリスマス」
　と。

　メリークリスマス、すべての人に。

　――『星ヶ丘のホーリー☆ナイト』　完　

　

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