そのぬくもりをもう一度｜リアクション

そのぬくもりをもう一度

ケース３：とある若奥様の場合

（ふふっ、こっそり寝子島へ来て見ました！）
　シーサイドタウン駅を出、楽しげに笑う少女……いや、女性が１人。恵御納理沙である。ぱっ、とみた感じは高校生で通じてしまうかもしれないほど若々しい外見な彼女は、ほんわか柔らかな空気を纏った淑女である。
　そんな彼女は元々ドイツに暮らしており、嘗ては『ローゼマリー・シェーフェリン・フリューエシュタイン』という名前だった。現在の夫である日本人男性と恋に落ちたものの、父親だけには結婚を反対されてしまった。結局、母親や兄弟・姉妹たちには許されたものの実質駆け落ち同然で結婚し、日本へ帰化していた理紗は、故郷であるドイツに戻ることなく十数年日本で過ごしていた。

（故郷、ねぇ）
　何気なくドイツの風景を広告で見て思い出す理紗だったが、ふと振り返ると……見覚えのある老夫婦が彼女を見ていた。
　夫だろう紳士の方は６０代ぐらいだろうか。真面目で少し堅苦しく見えるのは、きっちりと止められたコートのボタンを見たからだろうか。一方の妻だろう婦人はまだ妙齢で通じるかもしれない。ほんわかとした温厚な笑みを浮かべている。
　暫らくの間理紗も見ていたが、ややあって彼女の口から滑らかなドイツ語が飛び出す。
『ファーティ、ムッティ！？　どうしてここに～？』
『それは私の台詞だ。ローミ、どうして……』
　ファーティ（ドイツ語でパパ）と呼ばれた紳士が僅かにだが驚いた顔になり、傍らの婦人（つまりは母親）は嬉しそうに顔を綻ばせる。
『あなた、よかったじゃありませんか』
『私は、まだお前の事を許したわけじゃ……』
　穏やかに笑う母の横で、父親が憮然とした態度を取る。その様子に「あぁ、まだ怒っているのね」と僅かにしゅん、となる理紗だったが、母の言葉に面食らう。
『ローミに会えなくて寂しい、て言ってたのは、あなたじゃありませんか』
『？！』
　そう言われ、父親の顔が真っ赤に染まる。形の良い耳までほんのりと紅潮していたように見えるのは、ここが寒いからだけではないだろう。
『えっ？！　本当なの？』
『何故それを今言うのだ！』
　信じられなくて思わず聞きかえした理紗と、父親の言葉が重なる。これにはおもわず　笑ってしまう理紗と母親。
『……、何故このようなことで笑うのだ』
　父親は顔を赤くしつつも憮然とした口調でいい、肩を竦めるのだった。

　立ち話もなんだから、と近くのカフェへと入る。その頃は丁度正午前だったので店員さんが忙しそうに働いていた。
　理紗は少しでも自分が幸せだという事を伝えたくて（フツウではない部分を除き）色々と話して聞かせる。父親は、夫の事を話している間は不機嫌だったが、自分の孫の話になると少しは態度を軟化させ、嬉しそうに目を細めていた。
『うふふ。相変わらず素直じゃないのね』
『……何とでも言えばいい』
　おかしそうに笑う母と、厳しい表情のままの父。そんな２人の様子が結婚する前と変らなくて、理紗は少しほっ、とする。
『色々あったけど、娘も旦那様も私も元気よ～！』
　理紗の穏やかで、幸せそうな笑顔を見、母親は優しい笑顔で『よかった』と言ってくれた。父親の表情は険しく、どう思っているのかは読み取りづらい。が、僅かに目元の皺が緩んでいるのを見ると、少しは安堵してくれているようだ。
『ならば、よい。……だがな』
　漸く重々しく口を開く父親。彼はすっ、とコーヒーを一口飲んでから、躊躇いがちにゆっくりと言った。
『たまには、実家に帰って来い。……勿論、旦那と孫を連れて、な』

（とある若奥様の場合　終）

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