●開戦！
　寒空の下、生徒たちはセンターラインを挟んで一礼した。
「よろしくおねがいします！」
　――雪合戦の、幕開けである。

　まずは黒猫組陣営。
　鴻上 彰尋は、大玉を作って雪だるまを破壊する作戦のようだ。せっせと小玉を作ってそれらを合わせ、地面でころころやって直径30㎝程度の大玉を量産していく。
　郡 トモエも、そのすぐ近くで雪玉を作り始める。
「３０センチ以上って大きいね！」
　結構作るの大変じゃない？　と苦戦しながらも、二つほど大玉を作る。それを彰尋に渡すと、次は小玉作りの方へ移行した。
　ナタリア・シシロヴァはロシア帽に厚手のコート、スキーグローブを着用し、せっせと大、中サイズの雪玉を作っている。借りてきたソリに作った先から雪玉を詰んで、攻撃開始に備えていた。
「気付いたら球技大会にエントリーされてたんですが……」
　震え声でそんなことを呟いたのは七緒 璃音。興味の無かったサッカーよりは面白そうだら良いっちゃ良いのだが、なんでもかんでも理事長の思いつきで決まっちゃうあたり凄い、と頭の片隅でぼんやり思った。まあ、やるからには楽しまないと損だろう。折角のイベントだ、全力で乗って行こうと璃音は拳を握った。
　彼女が走っていったのは、JとMの雪だるまの間。通路を塞がないよう、雪だるまよりも少し前に出す感じで壁を構築していく。そこに作り終えると、次はMとPの間。強度重視で作られた壁が出来上がった。
　御剣 刀は、滑り止め付手袋に冬用の靴でガッチリ決めてきている。そして、ろっこん『加速』を使用し、高速で雪玉を量産し始めた。
「は、はやい！」
　敵陣から声が上がる。ろっこんを持たない一般人が感嘆の声をあげたことで、刀の高速雪玉つくりはスピードを落としてしまった。それでも十分なくらいの雪玉は作れたが、試合中はこうはいかないだろう。
（雪合戦……か……考えてみると、かなり久しぶり……）
　碧川 雪月はせっせと大玉を作りながらあたりを見回す。
　こうしていると、なんだか子供に戻ったみたいだ。
（球技……と言えるかは分からないけれど……）
　確かに。理事長的には玉使ってるし球技でいいんじゃない？　だが、一般的には球技とは言わない。
（でも、楽しそう、だから。……頑張ろう）
　雪月の心が広くてよかった。あまり表情には出ないが、雪が好きな彼女にとってこのイベントは悪くない。ほんの少しだけ口元が綻んでいるような気もするくらいだ。
「結構楽しいな」
　八神 修はせっせと二列目雪だるまの端の方で壁を作っている。幅を強化するため、雪を詰む。PとQの雪だるまの間、端の方に進軍を阻むように壁を作り、Rまで行かせない算段だ。反対側のJ、Kの間にも同じものを作ろうと思ったが、どうにも時間が足りなかった。少し作ったところでタイムアップになったが、まあ、よしとしよう。
　厚手のダウン、マフラーにニット帽、厚手の手袋の重装備でやってきたのは、屋敷野 梢。
「寒いのに外で雪ぶつけあうとか……」
　ぶる、と震えながらも彼女は懸命に雪玉を量産していく。
「……燃えよ魂、燃えよ肉体！」
　尾鎌 蛇那伊は寒空の下海パン一丁にビブスを着て、そのビブスの下に隠された筋肉を熱くたぎらせた。そして、雪玉をきゅっと握ったかと思ったらそれを地面にぽとりと置いて、コロコロと転がしはじめる。
「な、何をしているんだ彼は……？」
　どこかからそんな声が上がってもお構いなしに、蛇那伊はコーロコロと玉を転がす。コーロコロ。やがて大玉になった雪玉は蛇那伊の187㎝の身長を超えようとしているが、お構いなしでコーロコロ。オカマいなしでコーロコロ……。すっかりJの雪だるまの横に謎の大玉が仕上がっていた。
　――反対側、Pの雪だるまの傍でも同じことをやっている男が1人。骨削 瓢。怪しげな笑いを口元に、雪玉をゴロゴロやっている。

　白猫陣営の方も見てみよう。
　新井 すばるは、その指にちくわをはめて思いを巡らせた。冷凍ビームで地面を凍らせる場所を……。
（相手はどこで止まる？　どこを進めば効率よく的を狙える？）
相手の身になって考えて、考え付いたのは、前列雪だるまの前のあたりだ。うかつに走り出せない場所に作っておけば、進軍を阻めるはず。あとは、フィールド両サイドの通路になっているところだ。
　前列の氷の道は既に黒猫陣営にも警戒されている。作っているところを見られてしまった。仲間の意見も聞いて両サイドにさぁ氷の道を作ろうと思ったところで、ろっこんを持たない審判に見つめられてしまいあえなく断念。冷凍ビームで硬くした雪玉も作ってはみたが、さすがに人に当たると危ないと判断し、すばるはそれを地面に置いた。
「やるからには勝つつもりで挑まないとね。野郎共！　気合入れていくわよ！」
　エヴァ・ブランシェは大きな声で仲間を鼓舞する。
　Cの雪だるまの前に躍り出ると、せっせと壁を構築し始めた。丈夫さを重視した壁は、高さや幅こそはない物のそう簡単につぶれる代物にはなっていない事だろう。
　恵御納 夏朝は、猫帽子に猫マフラー、暖かな手袋を着用し、滑らないように冬靴を履いてフィールドに現れた。猫シールもポケットの中にいれてある。完全防備、猫づくめの夏朝は、ソリにフィールド奥の雪を詰めてソリの表に猫シールを張り付けた。念じてから引きずれば、普通よりも軽くなった雪を楽々運べる。その雪を、運んでは、積み、運んでは、積みを繰り返し、C、F、Iの雪だるまの間に小さな傾斜を作っていった。小山、とでも言えばいいだろうか。足もとが、少し悪くなる。
　神野 美野梨は、ソリに雪を積んで夏朝の傾斜づくりを手伝った後、Gの雪だるまのサイドに頑丈さ重視で壁を作り始めた。自陣の裏に回り込まれないための対策である。雪玉もこさえなければと思ったが、タイムアップ。傾斜と壁を一つ作れたので、良しとしたい。
　サキリ・デイジーカッターは、美野梨に指示された通りにAの雪だるまのサイドに同じく頑丈さを重視した壁を設置する。そして、Cの雪だるまとその前に作られた壁の後ろに雪玉を乗せたソリを運んで身を隠した。
「ううっ……寒いのダメなのに……でもがんばるっ！」
　羽生 碧南はぶるぶる震えながら、出来る限りの厚着にカイロを仕込みまくってもこもこになりながら雪玉を作っている。
　日暮 ねむるはぽつりと呟いた。
「ろっこんの実用性……どう考えたって白猫組が不利だけどさ、だからこそ燃えるよね」
　Cの雪だるま前方の壁づくりに加わり、頑丈さを更にUPさせる。そして、余った時間で雪玉をつくると、スクールバッグの中にそれを詰め込んで行った。
　陣の後ろの方でレナート・ジュラヴリョフは美野梨の指示を受けひたすら雪玉を作っている。
「雪玉職人の朝は早い」
　積った雪を、ひたすらかき集め、グローブをはめた手で、丸める。――職人は語る。
「地道な作業が、大事なんですよ……なんてね」
と女生徒達へ向けて笑顔とウィンクが飛んだ。美野梨が反応しかけたとき、レナートの笑顔が爽やかさを失い、邪悪な方向へと変わる。
「あ、中に石入れるの忘れた」
「え」
　い、イヤラシイ！　それはイヤラシイ！　っていうか反則だから入れなくて正解！
　とりあえず、開始時には十分な量の雪玉が確保できそうだ。
　夏朝にどやされて面倒くさそうに雪玉を作っているのは、本宮 虎治だ。ジャージの腕をまくり、手にテーピングと手袋、雪用靴。なんだかんだでしっかりとやる気のある恰好をしてはいるのだが、なんだかダラ～っとしている。しかも、彼のジャージの下には夏朝に貼られた猫アップリケが輝いているではないか。何の意味もないのだが、なんとなく隠し的を持っているっぽくていいかもしれない。なんで俺が、と思わずにはいられない可愛らしい猫ちゃんであるが、相手に一瞬『やった！』と思わせることは出来る。がっかり大作戦である。
「……メンドクセー」
　口ではそう言っているが、態度もな～んかだら～っとしているが、それでもきちんと雪玉を作っているあたり律儀かもしれない。
「大玉ってこんぐらい？　……でかすぎ？」
　ひょい、と持ち上げた雪玉が、デカい。
「それ、本宮君自分で投げてね～」
　サラッと夏朝に言われる。もう少しちいさいのも作っておくか。虎治はほどほどのサイズの雪玉も増やすことにした。
　桃川 圭花はひたすら雪玉を作り、自陣の奥、A、D、Gの雪だるまの後ろへとソリで運んでいく。こうしてストックを増やしておけば、なんとか戦えるだろう。大判ハンカチの上に雪を乗せて角を集め、絞る方法を取ろうと思ったが、雪がハンカチにくっついて思うようにいかない。こうなったら、普通に作るしかないな、と圭花はせっせと雪玉を手で作り続けた。