＜月華＞トワイライト・スターダスト　～甘い星は島を蝕む～｜リアクション

＜月華＞トワイライト・スターダスト　～甘い星は島を蝕む～

　途中で合流した恵御納夏朝は、その傍らで瓶を注意深く見ていた。瓢が放ったろっこんにより、自分から姿を現したのは僥倖だった。あとは瓶をどうにかするだけだ。
　己にねこシールを張り、ろっこん『重く軽く』をつかって身体を軽くした夏朝は、強い風に流されそうになっていた。それを蛇那伊が助け、今に至る。
「タイミングさえあえばねこシールを飛ばして、重くする事が出来ると思う。そしたら地表に落とせるんじゃないかな？」
「手放せる必要が、あるな。俺のろっこんで力になれるのならば……」
　優斗は自分のろっこん『風の籠手』の事をぽつり、と口にする。愛用の竹刀を両手で強く振り下ろす事で一瞬だけ強い風を起こす事が出来るそれは、確かに効果的に思えた。
　そこから更に下では……。
「それにしても、膠着状態ってこんな具合さね？」
「よく解らないわね」
　骨削瓢と恵御納理沙は空で出くわし、共に様子を見ている。理紗はこのままこう着状態が続くのならば突撃するかもしれない、とぽつっ、と呟いた。
　一方、瓢は静かに遣り取りに耳を傾けつつ、僅かに陰のある笑みを浮かべた。彼は己のろっこんで幾つもの恋愛を邪魔してきた自覚がある。
（色々やったねぇ。……でも、もしその中に影の魔物になった者がいたとしたら……その怨念、少々ゾッとするねぇ）
　けらけら笑いながら思う瓢の眼に滲んだ何かに、理紗は僅かに苦笑した。

　と、その時。亮は、そして、優斗は気づいた。
（瓶が、手元を離れている？）
（今が、好機！）
　優斗は注目されていない事を肌で感じ取り、竹刀を振るっ！　だが、ここで蛇那伊が気づく。下のほうから稲妻の如く進む影を！

　――びゅううううううっ！

　そのとき、一陣の風が巻き起こった。ドロップを噛み砕いて飛翔していた刀である。彼の登場と、優斗が放った強風が、偶然にも重なって星華の髪を、スカートを、棚引かせる。
「！？」
　星華が驚いていると、刀は星華の目を見て言った。
「この胸に沸き起こる切なさは、お前たちの悲哀か？　憎しみなのか？　それに苛まれ、突き動かされるのか？　だとしても、俺のフツウに手を出すならば、お前は敵だ」
「当たり前ですわ。私は影の貴人、星華。寝子島住人の始末するべくきたのですから」
　星華が負けじと言い放ち、懐から取り出した戦扇を構える。それでも刀は木刀を構えず、鋭い目で言葉を続ける。
「その瓶をしまって帰れ。帰らないならば……斬る」
「っ！　仕舞う訳ありませんわっ！　甘き涙に埋もれて死にな……」
　星華が、ここで漸く何かに気づいた。目の前に居る若者は、何故か泣いている。その事実に、星華は僅かにうろたえた。ドロップの効果であるだろうとは彼女にもわかってはいるが、刀から放たれる圧倒的な『感情』の前に、激しく胸が痛む。
（何よ、この男……。ドロップの力とはいえ、なんで泣くの？）
　星華は戸惑った。戸惑いながらも、刀から放たれる『感情』に触発され、少女は叫んでいた。修、亮、美咲紀、そして円の言葉に揺さ振られていた心が、激しく叫びを上げる。
「私たちは捨てられ、見捨てられ、奪われ、突放なされた。私たちは想いも魂も繋がる事が出来なかった。繋がりきれなかった。傷ついた魂の痛みが、胸を焦がし続ける想いが、貴方にはわかる？」
　夕闇に響く、少女の叫び。聞いていようといまいと、少女は流れる涙のままに叫び続ける。
「どんなに愛しくても、どんなに愛しても想いを溶かしあえなかった。繋がれなかった。その苦しみが、悲しみが、寂しさが解るとでも言うの？！」
「「……っ！？」」
　星華の感情が、何故か空を飛ぶ者たち全員に伝わる。その中でも、多量に飴を摂取していた刀が、思わず木刀を手から落としてしまう。
（これが……『影の貴人』たちを苛み続ける未練だというの？！）
（痛いっ、痛い痛い痛い痛い痛い！！）
　紫と夏朝も、思わずしゃがみ込みたくなるのを堪え、どうにか浮かび続ける。誰もがその強さに怯みかけ、星華は更に叫び続ける！
「私たちの『痛み』が！　あなたたちには！　解るとでも言うんですの？！」
　激痛が、その場に居る者たち全員を貫く。だが、それも一瞬で……瓢は1人痛みがそうでもない事に首を傾げる。
　精神的に余裕があったからだろう、彼は気づいていた。瓶が既に星華から離れて浮いている事に。優斗のろっこんと刀の登場によって起こった風が、流したのだろう。