焚き火のある光景｜リアクション

焚き火のある光景

　ぱちぱちと炎がはぜる。
　白い煙が空に上っていく。
　焚き火は一人前に成長し、その赤い光で小山内海、そして御剣刀の横顔を照らしていた。

「海、それ焼くと美味しいのか？」
　赤ちゃんの握り拳ほどもあるマシュマロを、刀は奇妙な面持ちで眺めている。海外産らしく、英語で書かれた袋に入っていた。ジャガイモのほかに海が持ってきたものだ。
　こくこくと海はうなずいて、一つを鉄串にさして彼に手渡すのである。
『マシュマロはやくと、口の中でとろけるようになるんだよ』
　さっとそう書いて、意志を伝えもする。
「なるほど、こうか？」
　刀はぎこちない手つきでこれを火に突き刺すも、すぐに海がそれをとめた。
　具体的に言えば、海は彼の手に自分の手を重ねたのである。
「えっ……？」
　その意図をはかりかね、空いた方の手をさらに、刀は海の手に重ねていた。
　するとさらに海も、空いた手を彼の手の上に置く。
「？」
　刀は、海を見つめる。
　思わず海も、見つめ返した。
　一本の串を中心に、二人で手を取り合ったような格好になっている。
　ふとこれが、何かに似ていると海は思った。
　――まるでウェディングケーキを入刀するような……？
　それを考えたとたん気恥ずかしくなって、彼女は、うっすらと頬に紅をさしていた。
　もっとそうしていればいいのに――そんな声が心の中に聞こえた気がするが、どうにも照れくさくて海は手を外して、
『火に掲げるようにして焼くのがポイントだね』
　かすかに震える文字で、スケッチブックに書いた。
　ところが刀は、さっきのポーズを海ほどに意識していなかったのか、
「そうかそうか。よし、やってみよう」
　なんでもないことのようにそう言うのだ。
　やがて、とろりと焼けたマシュマロを刀は口に運んだ。
「おっ、とろっとして不思議な感じがする。だけどこれ美味しいな」
　この爽やかさ、気負いのなさが刀らしくて、海は少し安堵して、少し、憎らしく思ったりもする。
　……やっぱり、彼のことが好きだ。
「ベイクドポテトの準備、できたわ」
　このとき突然に橘千歳の声がして、海はだしぬけに我に返った。
　千歳は微笑んでいる。今の刀とのやりとり、彼女には見られてはいないようだ――なぜか海はほっとしていた。
「おう、待ってたぞ」
　刀は言いながら、すでに火中に入れてあるサツマイモのアルミ包みを、串で押して回したりしている。

「喜多川っち、聞いてる？」
「全然聞いてない」
「ひとつも？」
「ひとつも」
「アッー！　あんなところにいい男！」
「あっちのほうがいい男だ」
「え？　どこ！？」
　と、平手を目の上にあてた弥島純子の視線が、市橋誉とかち合った。
　なおこの間、純子の相方（？）喜多川怜子は、自動機械のように火に可燃物をくべつづけており、一瞬しか目を上げていない。
「ウホッ、市橋君！　こんちゃーす」
　どう反応すべきか一瞬迷ったが、誉は思ったことを口にすることに決めた。
「弥島……そのウホというのはやめてくれないか。頼むから」

「ありゃ聞いてた？　こりゃまた小っ恥ずかしいところを見られちゃったよう。世間一般には内密にしといておくれよ」
　ひらひらと手を振る純子なのである。この人は普段からこうなので、誉が世間一般に明かそうが明かすまいがなにひとつ変わらないのではないか。
「おひさ、市橋」
　怜子が片手を挙げた。
「今日は何か燃やしに？」
　誉が問うと、立ち上がって怜子が応じた。
「このバカが恥ずかしい歴史を焼きたいそうで、付き合わされている」
　ぷーと頬を膨らませて純子が言う。
「あー、喜多川っちバカって言った！　バカって言うヤツが一番バカなんだよー、へーんだ！」
「では一番のバカから、謹んで弥島純子女史の成績を読み上げさせていただこう。ええまず、中間テストの数学が……」
「やめれー！」
　純子は怜子の背に飛びつき、がっちりと彼女の首をロックするというコマンドサンボ格闘家のような絞め技を繰り出した。
「きっさまー！　火のそばで窒息系の極め技を繰り出すやつがあるかー！」
　さっきまでクールだった怜子だが、途端、髪を逆立てんばかりにして応戦している。
「ギブするなら今だよ！」
「するかー！」
　どたんばたん、猫のとっくみあいのようなものが繰り広げられた。
　――どうやら、取り込み中のようだ。
　誉は苦笑して、彼女らに手を振り離れる。
　けれど恥ずかしいところ、という意味では、自分も大差ないと誉は思っている。
　なぜなら今日彼は、一度も他人に見せたことのないメモを燃やしに来たのだから。

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焚き火のある光景

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