月が綺麗ですね｜リアクション

月が綺麗ですね

――べったべたのハッピーエンド。

　後木真央は、すぅっと軽く息を吐いて、そっと机の上に本を戻した。
　ハッピーエンドは好きだ。
　どうせ読むならお涙ちょうだいより読み終わった後に幸せになれる物語の方が良いに決まっている。
　彼女とて、その意見に異論はなかった。
　擦れ違いがあって、障害があって、自分の思いを自覚して、『ああやっぱり彼じゃなきゃ、彼女じゃなきゃ駄目なんだ！』なんてモノローグがついて、走りだす。
　そうして、愛が強くなる。恋を強く描く。
　それで、いいのだ。いいじゃない。
　でもふと思う。
　それじゃまったく『そんなこと』がなかったら、愛や恋を自覚できるのだろうか？　深まっていくのだろうか？
　現実にはドラマや小説みたいな、都合のいいすれ違いも障害もありはしない。だとすればそれはつまり――
　真央の疑問が深くなっていく最中、彼女の脳裏に一つの情景がフラッシュバックする。

　ギラギラと光る眼をした中年の女性。
　憎悪いっぱいに睨みつける。
　叫ぶ。

「親をここまで泣かせて虚仮（こけ）にして！
　お前なんか誰も愛せるわけがないお前なんか愛せないっ！」

　真央は額にぐっしょりと汗をかきながらも、すぐさま現実に戻った。
　目の前には見慣れた部屋、見慣れた机、それから猫がくわえてきたベタベタの恋愛小説。
　真央は身体の深いところから、ふぅ……と息を吐く。
「……そうだね、お母さん。でも私のお蔭で弟と妹は……家族４人は仲良くなったよね」
　普段の明るい口調からは想像もつかないような、静謐さを湛えた声色で真央は独りごちる。
「貴方たちは私の家族じゃなかった」
　だから平気。
「おじぃたちだけが私の家族。おじぃも叔父貴もおばぁも…ちゃんと私を愛してくれてるよ？」
　だから、平気。
　震える指先で、真央はベタベタ小説の表紙をなぞる。
(恋や愛の燃え上がらせ方……私はちゃんと知っている)
　知っているから、貴方たちの珠玉の想いは、触れたいと願いたくなるほど眩しく映る。
　その絆の手助けをしたい、と自然に身体が動き出す。
　――その代わり、少しだけで、ほんの少しだけでいいからその光に触れさせてほしい。
　触れるだけで、まるで自分自身まで眩しいなにかになれたような――
　ああ、これだから。
「恋バナ面白いのだリア充爆発しろなのだ♪」
　にっこり、天晴。真央は底抜けに明るい笑顔を浮かべ、小説を抱える。
「さ、これを持ち主に返さないと駄目なのだ！　持ち主をお猫様と一緒に探すのだ！」